
労働審判を防ぐために企業がすぐに見直すべき社内体制について弁護士が解説
なぜ社内整備が労働審判で問われるのか
労働審判で企業が不利な立場に立たされる最大の原因は、社内体制の不備が客観的な証拠として記録に残ってしまうことです。
「口頭で何度も注意した」「就業規則は周知していたはずだ」「相談窓口は設置している」――こうした企業側の主張も、それを裏付ける記録や実際の運用実態がなければ、裁判所からは「後付けの弁明」としか見なされません。
労働審判において、裁判所が最も重視するのは客観的な証拠です。そして、社内体制が整備されているかどうかは、最も客観的に判断できる要素なのです。就業規則は存在するか、勤怠記録は適切に保管されているか、ハラスメント相談窓口は機能しているか。これらは、企業の労務管理に対する姿勢を示す「成績表」のようなものです。
また、社内体制の不備は、個別の労働審判だけでなく、連鎖的なトラブルを引き起こすリスクがあります。ある従業員との残業代トラブルが明るみに出ると、他の従業員も「自分も請求できるのではないか」と考えます。ハラスメント対応が不適切だったことが知られれば、「うちの会社は訴えられても仕方ない会社なんだ」という認識が社内に広がり、労務管理全体が機能不全に陥ります。
さらに深刻なのは、社内体制の不備が企業の安全配慮義務違反や管理責任の根拠とされることです。「適切な勤怠管理をしていなかったから過重労働が発生した」「ハラスメント相談窓口が機能していなかったから被害が拡大した」――こうした論理で、企業の責任がより重く認定されてしまいます。
労働審判は、たった3回の期日で結論が出る超短期決戦です。その短期間で企業側が「当社は適切な労務管理をしている」と証明するためには、日頃から社内体制を整備し、その運用実績を記録として残しておくことが不可欠なのです。
よくある社内整備の不備と注意点
大分県内の中小企業を数多くサポートしてきた経験から、多くの企業が同じような社内整備の不備を抱えていることが分かりました。これらの不備は、いざ労働審判になった際に、企業側の最大の弱点となります。
勤怠記録が曖昧・保存されていない
「タイムカードは打刻しているが、実際の退社時間と違う」
多くの中小企業で見られるのが、このタイムカード問題です。従業員は定時にタイムカードを打刻した後、実際には残業を続けている。あるいは、上司が「今日は早めに打刻しておいて」と指示している。こうした運用が常態化している企業は珍しくありません。
しかし、残業代請求の労働審判では、こうした実態が従業員側から詳細に主張されます。そして、従業員が独自に記録していた「実際の労働時間メモ」「業務メールの送信時刻」「社用車のETC記録」などが証拠として提出されると、企業側は反論が困難になります。
タイムカードと実労働時間が乖離している場合、裁判所は従業員側の主張を優先する傾向にあります。なぜなら、使用者には労働時間を適正に把握する義務があり、その記録を保管する責任があるからです。企業側が適切な記録を残していない以上、従業員側の記録の方が信用できる、と判断されてしまうのです。
保存期間の問題も深刻です。労働基準法では、賃金台帳や出勤簿は3年間(当分の間は経過措置により5年間)の保存が義務付けられています。しかし、「古い記録は場所を取るから処分した」「システム更新で過去データが消えた」という企業も少なくありません。
残業代請求の時効は3年(当分の間は経過措置により5年間)です。つまり、過去3年分の労働時間記録がなければ、企業側は「残業はしていなかった」ことを証明できません。記録がない以上、従業員側の主張を覆すことは事実上不可能になります。
固定残業代制度が形だけになっている
「固定残業代を払っているから、残業代は発生しない」という誤解
固定残業代制度(みなし残業制度)を導入している企業は多いですが、その運用が適切でないケースが目立ちます。
固定残業代が法的に有効と認められるには、以下の要件を満たす必要があります:
- 基本給と固定残業代部分が明確に区分されている
- 固定残業代が何時間分の残業に相当するかが明示されている
- 固定残業時間を超えた場合は、追加の残業代を支払う
- これらの内容が雇用契約書や給与明細に明記されている
しかし、実際には「基本給に含まれている」という曖昧な説明だけで、具体的な時間数も金額も明示していない企業が多数あります。また、固定残業時間を大幅に超える残業をさせているにもかかわらず、追加の残業代を一切支払っていないケースも散見されます。
こうした「形だけの固定残業代」は、労働審判では全く認められません。結果として、固定残業代として支払っていた部分も含めて、全て基本給として計算され直し、膨大な残業代請求が認められてしまうのです。
就業規則と実運用にズレがある
「就業規則には書いてあるが、実際はやっていない」
就業規則は立派に作成されているが、実際の運用は全く異なる――これは多くの企業に共通する問題です。
典型的なのが、懲戒処分の手続きです。就業規則には「懲戒処分を行う前に、本人に弁明の機会を与える」と書かれているにもかかわらず、実際には何の説明もなくいきなり懲戒解雇を通告する。こうしたケースでは、就業規則違反を理由に、懲戒処分自体が無効とされてしまいます。
また、年次有給休暇の取得手続きも問題になりやすい領域です。就業規則では「3日前までに申請」となっているのに、実際には「当日の朝でもOK」という運用をしている。逆に、規則には「1日単位で取得可能」となっているのに、実際には「半日単位は認めない」と運用している。こうした乖離が、労働審判でトラブルの原因となります。
さらに問題なのは、就業規則の周知不足です。労働基準法では、就業規則を労働者に周知することが義務付けられています。しかし、「就業規則は作成したが、社長のデスクの引き出しにしまってある」「従業員は存在自体を知らない」という企業も実在します。
就業規則が適切に周知されていない場合、その内容は労働契約の一部として認められない可能性があります。つまり、「就業規則があるから問題ない」という企業側の主張が、通用しなくなるのです。
相談窓口・苦情処理制度が機能していない
「相談窓口はあるが、誰も使っていない」
ハラスメント防止法の施行により、多くの企業が相談窓口を設置しました。しかし、その多くは「形だけの設置」に留まっています。
よくあるのが、「相談窓口は人事部長」というパターンです。しかし、従業員の立場から考えれば、人事部長に相談することは、自分の社内での評価を下げることに直結します。特に、加害者が上司である場合、その上司と同じ経営層に属する人事部長に相談することは、現実的には極めて困難です。
また、相談を受けた際の記録が全く残されていない企業も多数あります。「口頭で相談を受けたが、大したことないと思って記録しなかった」「本人が『内密に』と言ったので、何も書類は作らなかった」――こうした対応は、後に重大な問題を引き起こします。
労働審判でハラスメント被害が争われた際、企業側が「以前から相談を受けて適切に対応していた」と主張しても、その記録がなければ証明できません。逆に、従業員側が「何度も相談したが、会社は何もしてくれなかった」と主張し、当時のメールや日記などを証拠として提出すると、企業側の主張の信用性は大きく損なわれます。
**相談窓口は、設置することが目的ではなく、機能させることが目的です。**そして、機能していることを証明するためには、相談受付の記録、対応内容の記録、フォローアップの記録を適切に残しておく必要があります。
労働審判で問われる「整備されているべき」項目
労働審判において、企業側が「適切な労務管理をしている」と認められるためには、以下の項目が整備されていることが求められます。これらは、労働関係法令で義務付けられているものもあれば、法的義務ではないが実務上必須とされているものもあります。
就業規則・賃金規定・懲戒処分基準
就業規則の整備ポイント:
常時10人以上の労働者を使用する事業場には、就業規則の作成・届出義務があります。しかし、それ以下の規模の企業でも、労働条件を明確にし、トラブルを予防するために、就業規則の整備は強く推奨されます。
就業規則に必ず記載すべき事項:
- 始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇
- 賃金の決定・計算・支払方法、締切・支払時期
- 退職に関する事項(解雇事由を含む)
任意記載事項(定めがある場合は記載必須):
- 退職手当の定めをする場合の適用範囲、計算方法など
- 臨時の賃金・最低賃金額の定めをする場合
- 食費・作業用品などの負担
- 安全衛生に関する事項
- 職業訓練
- 災害補償・業務外の傷病扶助
- 表彰・制裁の種類と程度
- その他、全労働者に適用される事項
賃金規定の明確化:
基本給の計算方法、各種手当の支給要件と金額、残業代の計算方法(固定残業代を含む)を明確に定めることが必要です。「基本給にみなし残業代を含む」という記載だけでは不十分で、何時間分の残業代がいくら含まれているのかを具体的に明示する必要があります。
懲戒処分基準の整備:
どのような行為が、どの程度の懲戒処分に該当するのかを明確にしておく必要があります。また、懲戒処分の手続き(本人への弁明機会の付与、処分決定の手続きなど)も規定しておくべきです。
これらの規程が整備されているだけでは不十分です。従業員への周知が必須です。就業規則を常時各作業場の見やすい場所に掲示・備え付ける、書面で交付する、電子データで閲覧可能にするなど、確実に周知する方法を取る必要があります。
勤怠管理・残業申請手続き・労働時間記録
適切な労働時間把握の義務:
使用者には、労働時間を適正に把握する義務があります(労働安全衛生法、労働時間等設定改善法)。単にタイムカードを設置するだけでなく、実際の労働時間を正確に記録する仕組みが必要です。
勤怠管理システムの整備:
理想的には、以下の要素を含む勤怠管理システムを導入すべきです:
- 出退勤時刻の客観的な記録(タイムカード、ICカード、PCログなど)
- 休憩時間の記録
- 時間外労働、休日労働、深夜労働の区分
- 年次有給休暇の取得状況管理
残業申請・承認手続きの確立:
残業を行う際には、事前に申請し、上司の承認を得る手続きを確立することが重要です。これにより、「会社の指示に基づかない勝手な残業」と「会社が命じた残業」を区別できます。
ただし、残業申請を出しにくい雰囲気がある、申請しても承認されないが実際には残業せざるを得ない、といった状況では、この手続きは意味をなしません。実態として残業が発生している場合は、申請手続きの有無に関わらず、残業代の支払い義務が生じることに注意が必要です。
記録の保存:
労働時間の記録は、少なくとも3年間(当分の間は経過措置により5年間)保存する必要があります。紙のタイムカードの場合は適切に保管し、電子データの場合はバックアップを取り、システム更新の際もデータを移行することが必須です。
ハラスメント防止規定・調査体制
ハラスメント防止措置の義務:
パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント(妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント)について、企業には防止措置を講じる義務があります(労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法)。
整備すべき内容:
- 方針の明確化と周知・啓発
- ハラスメントの内容と、これを行ってはならない旨の方針の明確化
- ハラスメント行為者への厳正な対処方針と対処内容の就業規則等への規定化
- これらの方針の従業員への周知・啓発
- 相談体制の整備
- 相談窓口の設置と従業員への周知
- 相談担当者が適切に対応できるための体制整備
- 他のハラスメントと一体的に相談に応じられる体制
- 事後の迅速・適切な対応
- 事実関係の迅速・正確な確認
- 被害者への適切な配慮措置の実施
- 行為者への適切な措置の実施
- 再発防止措置の実施
- プライバシー保護と不利益取扱いの禁止
- 相談者・行為者等のプライバシー保護のための措置
- ハラスメント相談を理由とした不利益取扱いの禁止
調査体制の確立:
ハラスメント の申告があった場合、迅速かつ適切に調査を行う体制を整えておく必要があります。誰が調査を担当するのか、どのような手順で調査するのか、調査結果をどう報告するのか、を事前に定めておくべきです。
特に重要なのは、調査の過程と結果を記録に残すことです。誰にいつ聴取したか、どのような証拠を確認したか、どのような結論に至ったか、どのような措置を講じたか――これらを全て文書化し、保管しておくことが、後のトラブル防止に不可欠です。
苦情処理・相談対応の記録体制
相談対応の記録化の重要性:
従業員からの相談や苦情は、必ず記録に残すことが重要です。ハラスメントに限らず、労働条件、人間関係、業務上の問題など、あらゆる相談について記録を作成すべきです。
記録すべき内容:
- 相談日時
- 相談者の氏名・所属
- 相談内容の概要
- 相談対応者の氏名
- 対応内容(助言、調査実施、関係者への聴取など)
- フォローアップの予定
記録の管理と活用:
相談記録は、適切に管理し、プライバシーに配慮しながら、必要に応じて人事労務管理に活用します。特定の部署や上司に対する相談が集中している場合は、何らかの問題が潜んでいる可能性があります。早期に対処することで、大きなトラブルを予防できます。
また、相談記録は、労働審判で企業側が「適切な対応をしていた」ことを証明する重要な証拠となります。逆に、記録がなければ、いくら口頭で「対応していた」と主張しても、証明することができません。
社内整備チェックリスト
大分県内の企業様が自社の社内体制を点検できるよう、実務的なチェックリストを作成しました。各項目について、現状を確認してください。
書面の整備(規定・契約書)
□ 就業規則
- [ ] 常時10人以上を使用する事業場で、就業規則を作成している
- [ ] 必要的記載事項(始業・終業時刻、賃金、退職など)が記載されている
- [ ] 労働基準監督署に届け出ている
- [ ] 従業員代表の意見書を添付して届け出ている
- [ ] 最新の法改正に対応している(直近の改正: 2024年4月施行の改正内容を反映)
- [ ] 常時各作業場の見やすい場所に掲示・備付けている、または全従業員に周知している
□ 雇用契約書・労働条件通知書
- [ ] 全従業員と書面で雇用契約を締結している
- [ ] 労働条件通知書を全従業員に交付している
- [ ] 必要事項が明示されている(賃金、労働時間、休日など)
- [ ] 固定残業代を導入している場合、基本給と明確に区分し、時間数と金額を明示している
- [ ] パートタイム・有期雇用労働者について、「昇給の有無」「退職手当の有無」「賞与の有無」「相談窓口」を明示している
□ 賃金規程
- [ ] 基本給の計算方法が明確である
- [ ] 各種手当の支給要件と金額が明確である
- [ ] 残業代の計算方法が明確である
- [ ] 賞与・退職金の算定基準が明確である(制度がある場合)
□ 懲戒規程
- [ ] 懲戒事由が具体的に列挙されている
- [ ] 懲戒処分の種類と程度が明確である
- [ ] 懲戒処分の手続き(弁明機会の付与など)が定められている
□ ハラスメント防止規程
- [ ] パワハラ、セクハラ、マタハラの定義と禁止が明記されている
- [ ] 相談窓口が明示されている
- [ ] ハラスメント行為者への処分が明記されている
- [ ] 相談者の保護(不利益取扱いの禁止、プライバシー保護)が明記されている
勤怠管理システムと記録保存
□ 労働時間の記録
- [ ] 客観的な方法で労働時間を記録している(タイムカード、ICカード、PCログなど)
- [ ] 記録と実際の労働時間に乖離がない
- [ ] 管理職・裁量労働制適用者についても労働時間を把握している
- [ ] 休憩時間が適切に記録されている
□ 残業管理
- [ ] 残業の事前申請・承認制度がある
- [ ] 36協定を締結し、労働基準監督署に届け出ている
- [ ] 36協定の上限時間を遵守している
- [ ] 時間外労働・休日労働・深夜労働が区分して記録されている
□ 年次有給休暇管理
- [ ] 従業員ごとに年次有給休暇の付与日数・取得状況を管理している
- [ ] 年5日の年次有給休暇取得義務を履行している
- [ ] 時季指定の記録を保管している
□ 記録の保存
- [ ] 労働者名簿を作成・保管している
- [ ] 賃金台帳を作成・保管している
- [ ] 出勤簿(タイムカード等)を保管している
- [ ] これらの記録を3年間(当分の間は経過措置により5年間)保存している
- [ ] 電子データの場合、バックアップを取っている
社内マニュアル・相談窓口の体制確認
□ ハラスメント相談窓口
- [ ] 相談窓口を設置し、従業員に周知している
- [ ] 相談しやすい体制(複数の窓口、外部窓口など)を整えている
- [ ] 相談担当者が適切な対応方法を理解している
- [ ] 相談受付の記録を作成している
□ 苦情処理制度
- [ ] 労働条件や職場環境に関する苦情を受け付ける窓口がある
- [ ] 苦情処理の手続きが明確である
- [ ] 苦情への対応記録を作成・保管している
□ 調査・対応マニュアル
- [ ] ハラスメント申告があった際の調査手順が定められている
- [ ] 問題社員への対応手順が定められている
- [ ] 労災発生時の対応手順が定められている
- [ ] これらのマニュアルが関係者に周知されている
□ 研修・教育
- [ ] ハラスメント防止研修を定期的に実施している
- [ ] 新入社員研修で労働条件や社内ルールを説明している
- [ ] 管理職向けの労務管理研修を実施している
定期監査と従業員への周知
□ 社内監査
- [ ] 労働時間管理の適正性を定期的に確認している
- [ ] 長時間労働者の有無を把握している
- [ ] 年次有給休暇の取得状況を確認している
- [ ] 就業規則と実運用の乖離がないか確認している
□ 従業員への情報提供
- [ ] 就業規則を全従業員が閲覧できる状態にしている
- [ ] 労働条件の変更がある場合、事前に説明・周知している
- [ ] 相談窓口の存在と利用方法を定期的に周知している
- [ ] 法改正等の重要な情報を適時に周知している
□ 外部専門家の活用
- [ ] 顧問弁護士に定期的に相談している
- [ ] 社会保険労務士に労務管理をチェックしてもらっている
- [ ] 就業規則や労働契約書を専門家にレビューしてもらっている
このチェックリストで、チェックが入らない項目が10個以上ある場合は、社内体制に重大な不備がある可能性が高いです。労働審判を申し立てられる前に、早急に弁護士に相談し、社内体制の見直しを行うことを強くお勧めします。
社内整備の不備による実際のトラブル事例
【事例1】勤怠記録の不備が致命的となったケース
■ 企業概要と事案 大分県内の建設業A社(従業員25名)。退職した従業員Bから、過去3年分の未払残業代約450万円の請求を受け、労働審判が申し立てられました。
■ 社内体制の不備 A社では、タイムカードは設置していましたが、実際には以下のような運用になっていました:
- 現場作業員は直行直帰が多く、タイムカードを打刻していない日が多数
- 事務所勤務の社員も、残業時は定時でタイムカードを打刻し、その後残業
- タイムカードの記録は、給与計算後は段ボールに詰めて倉庫に保管
- 過去2年半以前の記録は、倉庫の整理で処分してしまっていた
■ 労働審判での展開 従業員Bは、自身が記録していた以下の証拠を提出しました:
- 3年分の手帳への労働時間のメモ
- 現場での作業日報のコピー
- 会社の社用車のETCの利用記録
- 上司に送った業務報告メールの送信時刻
A社は「そんなに残業はしていなかったはず」と主張しましたが、タイムカードの記録は不完全で、かつ過去の記録の一部は処分してしまっていました。客観的な反証証拠を提示できず、裁判所は従業員B側の主張をほぼ全面的に認めました。
■ 結果 第1回期日で、裁判所から「従業員Bの請求どおり、約450万円の未払残業代に加え、遅延損害金約100万円、合計550万円を支払う」という和解案が提示されました。A社としては到底受け入れられない金額でしたが、訴訟に移行してもさらに付加金(最大で残業代と同額)を命じられるリスクがあり、結局440万円での和解となりました。
■ もし適切な社内体制があれば
- 適切なタイムカードの運用と記録保存ができていれば、実際の労働時間を正確に把握でき、過大な請求に対して反証できた
- 残業の事前申請・承認制度があれば、「会社の指示によらない残業」を区別でき、支払義務のある残業代を減らせた可能性
- 定期的な労働時間のチェックで長時間労働を把握し、早期に対策を講じていれば、そもそも退職に至らなかった可能性
【事例2】ハラスメント相談窓口が機能していなかったケース
■ 企業概要と事案 大分県内のサービス業C社(従業員40名)。従業員Dが、上司Eからのパワーハラスメントを理由に、慰謝料300万円と解決金(復職しないことの対価として月給の18ヶ月分)合計約600万円を請求し、労働審判を申し立てました。
■ 社内体制の不備 C社では、法改正を受けてハラスメント相談窓口を設置していました。しかし、その実態は:
- 相談窓口は人事課長が兼務(上司Eと同じ管理職層)
- 相談窓口の存在は社内掲示板に掲示しただけで、実際に周知されていなかった
- 従業員Dは、実は半年前に別の同僚を通じて「上司から厳しく叱責される」と人事課長に相談していた
- しかし人事課長は「指導の範囲内だろう」と判断し、何の記録も残さず、上司Eへの確認や指導も行わなかった
- その後もDは同僚に「辛い」と訴え続けていたが、公式な相談ルートは使われなかった
■ 労働審判での展開 従業員Dは、以下の証拠を提出しました:
- 上司Eからの叱責の内容を録音した音声データ
- 同僚に送ったLINEメッセージ(「もう限界」「会社に相談しても無駄」などの記載)
- 当時の日記
- 心療内科の診断書(適応障害)
C社は「相談窓口は設置していた」「Dから正式な相談はなかった」と主張しました。しかし、裁判所は以下の点を指摘しました:
- 相談窓口が実質的に機能していなかった
- 同僚を通じた相談を把握していたにもかかわらず、適切な対応を取らなかった
- その後のフォローも一切行わなかった
- 相談への対応記録が全く残されていない
■ 結果 裁判所は、「C社はハラスメント防止措置義務を適切に履行していなかった」と評価し、慰謝料150万円、解決金300万円(月給の12ヶ月分)、合計450万円を支払う和解案を提示しました。C社は当初「そこまでのハラスメントではない」と主張していましたが、防止措置の不備を指摘され、最終的に和解に応じるしかありませんでした。
■ もし適切な社内体制があれば
- 相談窓口が適切に機能し、従業員Dからの相談を正式に受け付けていれば、早期に問題を把握できた
- 相談を受けた時点で、上司Eへの事実確認と指導を行っていれば、ハラスメントの悪化を防げた
- 相談対応の記録を残し、継続的にフォローしていれば、「会社は適切に対応していた」と主張できた
- 結果として、従業員Dの退職も防げ、損害賠償請求も発生しなかった可能性が高い
【事例3】就業規則と実運用の乖離が問題となったケース
■ 企業概要と事案 大分県内の製造業F社(従業員15名)。従業員Gを業務命令違反を理由に懲戒解雇したところ、Gが不当解雇を主張し、労働審判を申し立てました。
■ 社内体制の不備 F社の就業規則には、懲戒処分を行う際の手続きとして「本人に弁明の機会を与える」と明記されていました。しかし、実際には:
- これまで懲戒処分を行った際に、弁明の機会を与えたことがなかった
- 今回も、Gに対して事前の説明や弁明の機会を与えず、いきなり懲戒解雇を通告した
- また、就業規則では「懲戒解雇は、懲戒委員会の審議を経て社長が決定する」となっていたが、実際には懲戒委員会は開催されず、社長の独断で決定していた
■ 労働審判での展開 従業員Gは、「就業規則で定められた手続きが履行されていない」と主張しました。F社は「過去の慣行として、形式的な手続きは省略していた」と反論しましたが、裁判所は以下のように判断しました:
- 就業規則は労働契約の内容となっており、使用者もこれに拘束される
- 就業規則で定められた手続きを履行しない懲戒処分は、手続き違反により無効である
- 「過去の慣行」は、就業規則に違反する正当な理由とはならない
さらに、F社が主張する「業務命令違反」の内容についても、Gに弁明の機会を与えていないため、Gの言い分を聴取できておらず、一方的な認定であるとされました。
■ 結果 裁判所は、懲戒解雇は無効であり、Gは従業員としての地位を有すると判断しました。和解案として、「解雇を撤回し、Gを復職させるか、復職に代えて解決金として月給の18ヶ月分(約540万円)を支払う」が提示されました。
F社としてはGの復職は受け入れられず、結局500万円の解決金を支払うことになりました。適正な手続きを履行していれば、懲戒解雇が有効と認められ、解決金は月給の3〜6ヶ月分程度で済んだ可能性が高いケースでした。
■ もし適切な社内体制があれば
- 就業規則で定めた手続きを実際に履行していれば、懲戒解雇が有効と認められた可能性が高い
- 弁明の機会を与えることで、従業員Gの言い分も聴取でき、より適切な処分を決定できた
- 就業規則と実運用の定期的なチェックを行っていれば、手続き違反を未然に防げた
当事務所のサポート内容
リブラ法律事務所は、大分県内の企業様の社内体制整備を全面的にサポートいたします。
■ 大分県内企業ならではのサポート体制
即座の訪問と現場確認 社内体制の整備は、書類作成だけでは完結しません。実際の職場環境、業務の流れ、従業員の働き方を現場で確認することが重要です。大分県内であれば、ご連絡いただいたその週のうちに事務所を訪問し、現場を確認した上で、貴社の実情に合った社内体制整備をご提案できます。
対面での継続的なサポート 社内体制の整備は、一度行えば終わりではありません。法改正への対応、実運用での問題点の修正、従業員への周知方法の改善など、継続的なサポートが必要です。大分県内の企業様であれば、定期的に訪問し、対面でのサポートが可能です。
地域の実情を踏まえた提案 大分県内の企業様の多くは、中小規模で、専任の人事労務担当者がいないケースも珍しくありません。そうした実情を踏まえ、「理想論」ではなく「実現可能な」社内体制の整備をご提案します。
■ 具体的なサポート内容
1. 社内体制の現状診断
- 現行の就業規則、雇用契約書、社内規程の法的チェック
- 勤怠管理の実態確認
- ハラスメント防止体制の実効性確認
- 就業規則と実運用の乖離の確認
- 法令違反のリスク評価
2. 就業規則・社内規程の整備
- 最新の法改正に対応した就業規則の作成・改定
- 賃金規程の整備(固定残業代制度の適法化を含む)
- 懲戒規程の整備
- ハラスメント防止規程の作成
- その他、必要な規程の作成
3. 勤怠管理体制の構築
- 適切な勤怠管理システムの選定支援
- 残業申請・承認手続きの策定
- 36協定の作成と届出
- 労働時間管理マニュアルの作成
4. ハラスメント防止体制の整備
- ハラスメント相談窓口の設置支援
- 相談対応マニュアルの作成
- 調査手順書の作成
- 相談記録フォーマットの提供
5. 従業員研修の実施
- ハラスメント防止研修(管理職向け・全従業員向け)
- 労務管理研修(管理職向け)
- コンプライアンス研修
6. 定期的なフォローアップ
- 社内体制整備後の運用状況の確認
- 問題点の早期発見と改善提案
- 法改正情報の提供とアップデート支援
7. トラブル発生時の初動対応
- 従業員からの請求や申告があった際の緊急対応
- 労働基準監督署の調査への対応
- 労働審判・訴訟への対応
■ 料金体系
明確な料金体系で、安心してご依頼いただけます。
初回相談(1時間):無料
社内体制整備パッケージ:30万円〜(税別)
- 現状診断
- 就業規則の作成・改定
- 基本的な社内規程の整備
- 勤怠管理体制の構築支援
- ハラスメント防止体制の整備支援
顧問契約:月額5万円〜(税別)
- 随時の法律相談(電話・メール・対面)
- 社内体制の定期的なチェック
- 法改正情報の提供
- 従業員研修の実施(年1〜2回)
- トラブル発生時の優先対応
※企業規模や業種、必要なサポート内容に応じて調整いたします。
※労働審判・訴訟の代理については、別途着手金・報酬金が発生します。
労働審判を申し立てられてから対応するのではなく、申し立てられないための予防策を講じることが、企業にとって最も重要です。社内体制の整備にご不安がある企業様は、ぜひ一度リブラ法律事務所にご相談ください。
【お問い合わせ】 リブラ法律事務所
〒870-0049 大分県大分市中島中央2-2-2
TEL: 097-538-7720
Email: lybra@triton.ocn.ne.jp
営業時間: 平日9:00〜17:00
※社内体制整備についてのご相談は、お気軽にお問い合わせください。
Last Updated on 11月 18, 2025 by kigyo-lybralaw
事務所に所属する弁護士は、地元大分県で豊富な経験で様々な案件に取り組んでいたプロフェッショナルです。ノウハウを最大限に活かし、地域の企業から、起業・会社設立段階でのスタートアップ企業、中堅企業まであらゆる方に対して、総合的なコンサルティングサービスを提供致します。弁護士は敷居が高い、と思われがちですが、決してそのようなことはありません。私たちは常に「人間同士のつながり」を大切に、仕事をさせて頂きます。個人の方もお気軽にご相談下さい。 |



