運送業で労働審判を申し立てられたら?会社側対応を弁護士が解説

運送業で労働審判を申し立てられたら?会社側対応を弁護士が解説

0.はじめに

「昨日、裁判所から労働審判の申立書が届きました。ドライバーから未払残業代500万円を請求されています。どうすればいいでしょうか?」

最近、運送会社経営者から、このような緊迫した相談が後を絶ちません。労働審判は通常の裁判とは異なり、第1回期日まで原則40日以内という短い準備期間しかありません。しかも運送業特有の複雑な労働時間管理の問題があり、証拠整備が不十分なまま期日を迎えてしまうと、会社側に極めて不利な調停案を飲まざるを得ない事態に陥ります。

本記事では、運送業で労働審判を申し立てられた際の初動対応から、運送業特有のチェックポイント、そして労働審判後も見据えた改善策まで、企業側の労務問題に精通した弁護士が実務的な視点で解説します。

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運送業で労働災害(労災)が発生した際会社の対応について弁護士が解説

1. 運送業界が抱える労働紛争の特徴と労働審判の関わり

運送業で労働審判が急増している背景

運送業界では近年、元従業員による労働審判の申立てが急増しています。その背景には、運送業特有の労務管理の複雑さがあります。

□ タコグラフやGPSで労働時間の客観的証拠が残る


トラックにはデジタルタコグラフやGPSが搭載されており、運行記録が自動的に記録されます。従業員側はこれらのデータを根拠に、精緻な残業代計算を行って請求してきます。タイムカードがあいまいな業種と異なり、運送業では「記録がないから労働時間は不明」という主張が通用しません。

□ 歩合給・固定残業代の運用が不適切なケースが多い


運送業では歩合給制度や固定残業代制度を採用している企業が多いものの、雇用契約書や就業規則の定めが不十分で、法的に無効と判断されるケースが頻発しています。「歩合給だから残業代は払わなくていい」という誤解は、労働審判で高額請求を招く最大の要因です。

□ 待機時間・荷待ち時間の扱いが争点になる


運送業特有の問題として、配送先での待機時間や荷待ち時間が労働時間に含まれるかが争われます。従業員側は「指揮命令下にあった」と主張し、会社側は「自由に休憩できた」と反論しますが、客観的証拠がなければ会社側の主張は認められません。

労働審判制度の特徴と運送業への影響

労働審判は、通常の訴訟と比べて以下の特徴があり、運送業の会社側にとって極めて厳しい手続きです。

□ 第1回期日まで40日以内、全3回で終結


労働審判は申立てから原則40日以内に第1回期日が開かれ、全3回(約3か月)で手続きが終了します。通常の訴訟のように「次回までに証拠を整理します」という猶予はありません。第1回期日までに、就業規則、雇用契約書、タコグラフデータ、GPS記録、賃金台帳など、すべての証拠を提出し、反論書面を完成させる必要があります。

□ 裁判官1名+労働審判員2名の合議体


労働審判委員会は、裁判官1名と労使それぞれの専門家である労働審判員2名で構成されます。労働審判員は労務問題の実務経験が豊富で、運送業の労働実態にも精通しています。「うちの業界では当たり前だから」という弁解は通用せず、労働基準法に照らして厳格に判断されます。

□ 調停不成立なら労働審判、異議申立てで訴訟移行


話し合いによる調停が成立しなければ、労働審判委員会が「労働審判」という判断を下します。この判断に不服があれば2週間以内に異議申立てができますが、異議を申し立てると訴訟に移行し、解決までさらに1年以上かかります。つまり労働審判の段階で適切に対応できなければ、長期紛争化は避けられません。

冒頭で述べた通り、県内の運送業者からの相談件数も年々増加しています。九州地域の運送業界では、他地域での労働審判事例が報道されることもあり、それを見た従業員が「自分も請求できるのではないか」と弁護士に相談するケースが増えています。

2. 労働審判を申し立てられたときに企業がすべきこと

申立書を受け取ったら即日で行うべき5つのアクション

裁判所から労働審判の申立書が届いたら、その日のうちに以下の対応を開始してください。翌日、翌週ではおっくうになってしまい、ますます動きづらくなります。

□ 申立書の内容を正確に把握する


申立書には、請求の趣旨(何を求めているか)、請求の原因(なぜ請求するのか)、請求額の計算根拠が記載されています。未払残業代請求なのか、解雇無効なのか、パワハラ慰謝料なのか、請求内容を正確に理解することが第一歩です。運送業の場合、残業代請求が大半ですが、解雇の有効性や安全配慮義務違反が併せて争われることもあります。

□ 第1回期日の日時を確認し、逆算してスケジュールを立てる


申立書には第1回期日の日時が記載されています。その期日の1週間前までに答弁書を提出しなければなりません。つまり実質的な準備期間は30日程度しかありません。証拠収集、事実確認、法的分析、答弁書作成というすべてのステップを30日で完了させる必要があります。

□ 関係者からの事情聴取を即座に開始する


申立人(元従業員)の直属上司、配車担当者、人事担当者から事情を聴き取ります。「あの従業員はいつも遅刻していた」「勤務態度が悪かった」といった感情的な情報ではなく、客観的な事実を時系列で整理してください。特に退職に至る経緯、労働条件の変更、トラブルの有無などを確認します。

□ 証拠書類を緊急で収集・整理する


運送業の労働審判で必要となる証拠は膨大です。以下の書類を優先的に収集してください。

  • 就業規則、賃金規程
  • 雇用契約書、労働条件通知書
  • 賃金台帳、給与明細
  • タコグラフデータ(最低3年分)
  • GPSの運行記録
  • 配車指示書、運行指示書
  • 点呼記録簿
  • 休憩取得記録(あれば)

これらの証拠が整理されていない、あるいは存在しない場合、会社側は圧倒的に不利な立場に立たされます。

□ 労働問題に精通した弁護士に即日相談する


労働審判は高度に専門的な手続きであり、一般企業の担当者だけで対応することは不可能です。特に運送業の労働審判では、労働時間の認定、固定残業代の有効性、歩合給の計算方法など、判例法理の深い理解が必要です。「費用がかかるから様子を見よう」と躊躇している間に、準備期間は刻一刻と過ぎていきます。

労働審判の経験が豊富な弁護士は限られています。申立書を受け取った当日中に弁護士に連絡し、翌日には面談の予約を入れるべきです。

絶対にやってはいけない初動ミス

労働審判を申し立てられた企業が陥りがちな失敗パターンがあります。以下の対応は絶対に避けてください。

□ 申立人に直接連絡を取る


「話し合いで解決しよう」と善意で連絡しても、申立人側の弁護士から「不当な圧力」と主張される危険があります。労働審判が申し立てられた後は、すべてのコミュニケーションは弁護士を通じて行うべきです。

□ 証拠を破棄・改ざんする


「不利な証拠を隠せば有利になる」という考えは致命的です。タコグラフデータやGPS記録を消去したり、賃金台帳を書き換えたりすれば、証拠隠滅として損害賠償請求の対象になるだけでなく、刑事責任を問われる可能性もあります。

□ 「時間がないから」と素人判断で答弁書を提出する


インターネットで見つけた雛形をそのまま使って答弁書を作成し、法的に無意味な主張をしてしまうケースがあります。労働審判委員会は書面の内容を精査しており、的外れな主張は「会社に理解力がない」と判断され、不利な心証を与えます。

□ 社内で事実を口裏合わせする


「こう言えば会社に有利だから、みんなでこの説明に統一しよう」という口裏合わせは、労働審判の場で必ず破綻します。労働審判員は何百件もの労働紛争を見てきた専門家であり、矛盾点を鋭く突いてきます。事実をありのまま報告することが、最終的には会社の信頼性を高めます。

3. 運送業で特に確認すべき3つのチェックポイント

運送業の労働審判では、一般企業とは異なる特有の争点があります。以下の3つのポイントを重点的にチェックしてください。

(1) 実走時間 vs 待機時間

運送業の労働時間算定で最も争われるのが、「待機時間」の扱いです。

□ 待機時間とは何か


待機時間とは、配送先での荷待ち時間、荷積み・荷下ろしの順番待ち時間、渋滞による停車時間などを指します。ドライバーは「トラックの中で待っているだけ」であり、実際に運転はしていませんが、だからといって労働時間ではないとは言い切れません。

□ 労働時間に含まれる待機時間


判例上、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」は労働時間とされます。以下のような待機時間は、労働時間と認定される可能性が高いです。

  • 配送先から「◯時に来てください」と指定された時刻まで近隣で待機する場合
  • 荷積み場で順番待ちをしており、いつ呼ばれるか分からない状態
  • 配車担当者から「次の指示があるまで待機」と命じられている場合
  • 渋滞で停車中でも、無線で指示が入る可能性がある場合

これらのケースでは、ドライバーは自由に行動できず、使用者の指示に即座に従える状態にあります。したがって労働時間に含まれます。

□ 労働時間に含まれない待機時間


一方、以下のような待機時間は、労働時間に含まれない可能性があります。

  • 「何時でもいいから今日中に配送して」と指示され、ドライバーが自由に休憩を取れる場合
  • 配送先の都合で午後まで荷受けができず、ドライバーに「午前中は自由にしていい」と明示的に伝えた場合

ただし、これらのケースでも「本当に自由だったか」が争点になります。会社側は、「自由に休憩していいと指示した」という証拠(配車指示書、メールのやり取りなど)を示さなければなりません。

□ 実務的な対応策


労働審判では、タコグラフの記録だけでは「待機時間が労働時間か否か」は判断できません。以下の証拠を併せて提出する必要があります。

  • 配車指示書に「休憩可」「自由時間」と明記されているか
  • ドライバーからの日報に休憩取得の記載があるか
  • GPS記録と配送先の営業時間を照合し、「営業開始前に到着して待機していた」などの事実を立証できるか

これらの証拠がない場合、待機時間のすべてが労働時間と認定され、多額の残業代支払いを命じられる危険があります。

(2) 休憩管理状況

運送業では、休憩時間の管理が極めて杜撰になりがちです。

□ 休憩時間の法的要件


労働基準法は、労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を与えることを義務付けています。そして休憩は「労働から完全に解放された時間」でなければなりません。

□ 運送業でありがちな違法状態


以下のような状態は、休憩と認められません。

  • 「休憩中も無線は持っていてください」と指示されている
  • 荷待ち時間を「休憩時間」として扱っているが、実際は荷積みの準備や確認作業をしている
  • トラックの中で休憩しているが、いつ配車指示が入るか分からない状態
  • 休憩時間を取ったという記録がない(日報に記載がない、GPS記録上も停車していない)

運送業の労働審判では、「休憩時間を取っていない」→「労働時間が長くなる」→「残業代が増える」という論理で請求額が膨らみます。

□ 休憩を取ったことの立証責任


休憩を取ったことの立証責任は会社側にあります。「休憩を取るように指示していた」だけでは不十分で、「実際に休憩を取った」ことを証明しなければなりません。

証拠としては以下のものが有効です。

  • 日報に「◯時〜◯時 休憩」と記載されている
  • GPS記録で、パーキングエリアやコンビニに一定時間停車していたことが確認できる
  • タコグラフの記録と照合して、実際にエンジンが停止していた時間帯がある

これらの証拠がない場合、「休憩時間はなかった」と認定され、1日の労働時間が1時間以上増える計算になります。長距離ドライバーの場合、この差は致命的です。

(3) 運行記録・GPSログ等の証拠整備

運送業の労働審判では、証拠の有無が勝敗を決定づけます。

□ タコグラフデータの保全


タコグラフのデータは、運送業における最も重要な客観的証拠です。デジタルタコグラフの場合、通常は数か月〜数年分のデータが保存されていますが、機器の故障やデータの上書きで消失するリスクがあります。労働審判を申し立てられた時点で、即座にデータをバックアップしてください。

また、従業員が退職する際には、その従業員の過去3年分(残業代の時効期間)のタコグラフデータを保全しておくべきです。退職後に労働審判を起こされた場合、既にデータが消えていると、会社側は反論の根拠を失います。

□ GPSログの活用


最近のトラックには、GPS機能が搭載され、リアルタイムで車両の位置情報が記録されています。GPSログは、以下の点を立証するために有効です。

  • ドライバーが主張する「労働時間」に実際にどこにいたか
  • 「待機していた」と主張する時間帯に、パーキングエリアや飲食店に停車していたか
  • 配送先に到着した時刻と出発した時刻

GPSログとタコグラフデータを突き合わせることで、労働時間の実態をより正確に把握できます。

□ 配車指示書・運行指示書の整備


配車指示書や運行指示書は、「会社がドライバーにどのような指示を出したか」を示す重要な証拠です。以下の情報を必ず記載してください。

  • 配送先、配送物、配送時刻
  • 出発予定時刻、到着予定時刻
  • 休憩可能な時間帯(「◯時〜◯時は待機・休憩可」など)
  • 緊急連絡の要否(「急ぎの指示がある場合は連絡する」など)

これらの記載がない場合、「すべての時間が労働時間だった」と推認される危険があります。

□ 点呼記録簿の重要性


運送業では、点呼記録簿の作成が法律で義務付けられています。点呼記録簿には、出庫時・帰庫時の時刻が記録されており、労働時間の始期・終期を立証する有力な証拠となります。点呼記録簿が作成されていない、または記載内容が不正確な場合、労働審判で不利になるだけでなく、運輸局からの行政処分の対象にもなります。

4. 初期対応で押さえるべき準備と弁護士との連携

答弁書作成で重要な3つのポイント

労働審判では、第1回期日の1週間前までに答弁書を裁判所に提出しなければなりません。答弁書の内容が、労働審判の結果を大きく左右します。

□ 請求原因事実への認否を明確にする


申立書には、「◯月◯日から◯月◯日まで勤務した」「1日の労働時間は12時間だった」「休憩は取れなかった」など、具体的な事実が記載されています。これらの事実一つひとつについて、「認める」「否認する」「不知」(知らない)を明示しなければなりません。

運送業の場合、「勤務したこと自体」は認めても、「1日の労働時間が12時間だったこと」は否認する、というように、事実を細かく分けて認否を示す必要があります。

□ 会社側の主張を法的に構成する


「うちの業界ではこれが普通だから問題ない」という主張は通用しません。会社側の主張は、労働基準法、判例法理に基づいて法的に構成する必要があります。

例えば、固定残業代を支払っている場合、以下の点を主張・立証しなければなりません。

  • 雇用契約書に固定残業代の額と時間数が明記されているか
  • 給与明細で基本給と固定残業代が明確に区分されているか
  • 固定残業代を超える残業が発生した場合、追加で支払っていたか

これらの要件を満たさない場合、固定残業代は無効と判断され、残業代をゼロから計算し直すことになります。

証拠を効果的に提出する
答弁書には、主張を裏付ける証拠を添付します。証拠は、単に提出すればいいわけではなく、「何を立証するための証拠か」を明確に示す必要があります。

例えば、タコグラフデータを提出する際には、「申立人の主張する労働時間が過大であることを示すため、令和◯年◯月分のタコグラフデータを提出する」というように、証拠の趣旨を説明します。

弁護士との効果的な連携方法

労働審判を弁護士に依頼する場合、会社側の協力が不可欠です。

□ 初回相談時に持参すべき資料


弁護士との初回相談では、以下の資料を持参してください。

  • 労働審判の申立書(裁判所から届いた書類一式)
  • 申立人の雇用契約書、労働条件通知書
  • 就業規則、賃金規程
  • 直近3年分の給与明細、賃金台帳
  • タコグラフデータ(可能な範囲で)
  • 申立人とのやり取りの記録(メール、LINEなど)

これらの資料がないと、弁護士は事案の全体像を把握できず、適切なアドバイスができません。

労務問題/契約書/クレーム対応/債権回収/不動産トラブル/広告表示/運送業・建設業・製造業・不動産業・飲食業・医療業・士業の業種別トラブル等の企業の法務トラブルは使用者側に特化した大分の弁護士にご相談ください

□ 事実経過を時系列で整理する


申立人の入社から退職までの経緯を、時系列で整理してください。特に以下の点は重要です。

  • 労働条件の変更があったか(給与体系の変更、勤務時間の変更など)
  • トラブルがあったか(遅刻・欠勤、事故、顧客クレームなど)
  • 退職の経緯(自己都合か、解雇か、退職勧奨か)

感情的な評価(「あいつは問題社員だった」)ではなく、客観的な事実を時系列で報告することが重要です。

□ 弁護士の指示に迅速に従う


労働審判の準備期間は極めて短いため、弁護士から「明日までにこの資料を用意してください」と指示された場合、最優先で対応する必要があります。「忙しくて手が回らない」と対応が遅れると、答弁書の提出に間に合わず、会社側に極めて不利な状況になります。

労働審判の期間中は、弁護士との連携を最優先事項として、社内体制を整えてください。

第1回期日に向けた準備

□ 出席者の選定


労働審判の期日には、会社側から代表者または人事担当者が出席します。出席者は、労働条件、給与体系、勤務実態について詳細に答えられる人物でなければなりません。社長が出席することが理想ですが、難しい場合は、人事部長や総務部長などが出席します。

□ 想定問答の準備


労働審判委員会からは、様々な質問がなされます。弁護士と事前に想定問答を準備し、どのように答えるかをシミュレーションしておくべきです。

よくある質問例:

  • 「この従業員の1日の標準的な勤務の流れを説明してください」
  • 「固定残業代を導入した理由は何ですか?」
  • 「タコグラフのデータと給与計算が一致しない理由は何ですか?」
  • 「他の従業員も同じような働き方をしていますか?」

これらの質問に対して、的確に答えられるよう準備しておく必要があります。

5. 運送業ならではの対応ミスとリスク

運送業の企業が労働審判で犯しがちなミスと、それによって生じるリスクを解説します。

よくある対応ミス

□ 「歩合給だから残業代は不要」という誤解


運送業では、「運んだ分だけ給与が増える歩合給制度だから、残業代は払わなくていい」と考えている経営者が少なくありません。しかしこれは完全な誤りです。

裁判例では、タクシー運転手の事案で、「歩合給の支給をもって、時間外労働の割増賃金の支払いとみることはできない」とするものがあります。歩合給は「労働の成果」に対する報酬であり、「時間外労働」に対する報酬である残業代とは性質が異なります。

したがって、歩合給制度を採用していても、別途残業代を支払わなければなりません。「売上の◯%を給与とする」という契約だけでは、残業代の支払い義務は免れません。

□ 固定残業代の要件を満たしていない


固定残業代制度を導入している運送会社は多いものの、法的要件を満たしていないケースが大半です。固定残業代が有効と認められるためには、以下の要件をすべて満たす必要があります。

  • 雇用契約書に「基本給◯万円、固定残業代◯万円(時間外労働◯時間分)」と明記されている
  • 給与明細で基本給と固定残業代が明確に区分されている
  • 固定残業時間を超える残業が発生した場合、追加で残業代を支払っている

これらの要件を一つでも欠くと、固定残業代は無効となり、残業代をゼロから計算し直す必要があります。その結果、会社側の支払額は数百万円単位で増加します。

□ 待機時間を「休憩時間」として処理している


前述のとおり、待機時間が労働時間に含まれるか否かは、「使用者の指揮命令下にあったか」で判断されます。会社側が一方的に「待機時間は休憩時間として扱う」と決めても、実態として指揮命令下にあれば労働時間と認定されます。

特に危険なのは、給与計算上は「待機時間を除いた時間」で残業代を計算しているにもかかわらず、タコグラフのデータには待機時間も含まれている場合です。この場合、従業員側はタコグラフのデータを根拠に「実際の労働時間はこれだけあった」と主張し、会社側が反論するのは極めて困難です。

□ 証拠を整備していない


運送業の労働審判で最も致命的なのは、証拠がないことです。タコグラフのデータが保存されていない、GPS記録が確認できない、配車指示書が作成されていない、といった状況では、会社側は有効な反論ができません。

証拠がない場合、労働審判委員会は「従業員側の主張を前提に判断する」という態度を取ります。つまり、従業員が「毎日12時間働いていた」「休憩は取れなかった」と主張すれば、それが事実として扱われ、会社側の支払額は膨大になります。

対応ミスがもたらすリスク

□ 高額な解決金の支払い


労働審判で会社側が敗訴した場合、未払残業代に加えて、遅延損害金(年率3%〜14.6%)、付加金(未払残業代と同額)を支払わなければならない可能性があります。例えば、未払残業代が300万円の場合、付加金300万円、遅延損害金数十万円を加えて、合計600万円以上の支払いを命じられることもあります。

□ 他の従業員への波及


1人の従業員の労働審判で会社側が敗訴すると、他の従業員も「自分も請求できる」と考え、次々と請求してきます。運送会社で10人のドライバーが同時に労働審判を申し立てた事例もあり、その場合の請求総額は数千万円に達します。

□ 取引先・金融機関からの信用失墜


労働審判で敗訴した事実は、取引先や金融機関に知られる可能性があります。特に大手荷主は、コンプライアンスを重視しており、労務問題を起こした運送会社との取引を見直すことがあります。また、金融機関も、労務リスクを抱える企業への融資に慎重になります。

□ 行政処分のリスク


運送業では、労働基準監督署だけでなく、運輸局からの監督も受けます。労働審判で労働時間管理の不備が明らかになった場合、労働基準監督署や運輸局が立ち入り調査を行い、是正勧告や行政処分(事業停止命令など)を受ける危険があります。

6. 労働審判後も見据えた改善・予防策

労働審判が終結した後も、同様の問題を繰り返さないために、抜本的な改善が必要です。

就業規則・賃金規程の見直し

□ 固定残業代の規定を適法化する


現在の固定残業代の規定が法的要件を満たしているか、弁護士による精査を受けてください。不備がある場合、就業規則と雇用契約書を改定し、全従業員から同意を取得する必要があります。

改定のポイント:

  • 「基本給に残業代を含む」といった曖昧な表現を避け、「基本給◯万円、固定残業代◯万円(時間外労働◯時間分、深夜労働◯時間分)」と具体的に記載する
  • 給与明細で基本給と固定残業代を明確に区分する
  • 固定残業時間を超える残業が発生した場合、追加で残業代を支払う旨を明記する

□ 休憩時間の管理方法を明確化する


休憩時間をいつ、どこで取るかを、就業規則に明記してください。「適宜休憩を取ること」という曖昧な規定では、休憩を取ったことの立証ができません。

改定のポイント:

  • 「1日の労働時間が8時間を超える場合、1時間以上の休憩を取ること」と明記する
  • 休憩時間は、配車指示書で具体的に指定するか、ドライバーが日報に記載する運用とする
  • 休憩中は、会社からの連絡に応答する義務がないことを明記する

労働時間管理体制の構築

□ タコグラフ・GPSデータの定期的な分析


タコグラフやGPSのデータを、毎月分析し、労働時間の実態を把握してください。特に以下の点をチェックします。

  • 1か月の総労働時間が80時間を超える時間外労働をしている従業員がいないか
  • 休憩時間が適切に取得されているか
  • 待機時間が長時間に及んでいないか

問題が発見された場合、配車計画を見直し、労働時間を削減する必要があります。

□ 配車指示書の記載内容を標準化する


配車指示書に、以下の情報を必ず記載するよう、社内ルールを定めてください。

  • 出発予定時刻、到着予定時刻
  • 配送先での待機が予想される場合、「待機中は休憩可」などの指示
  • 緊急連絡の要否

これにより、「待機時間が労働時間か否か」を事後的に検証できるようになります。

□ 点呼記録簿の厳格な運用


点呼記録簿は、運送業の法令遵守の基本です。点呼記録簿を正確に記載し、出庫時・帰庫時の時刻を記録してください。点呼記録簿とタコグラフデータを照合し、矛盾がないかを定期的にチェックする体制を構築してください。

定期的な労務監査の実施

□ 弁護士による労務監査


年に1回程度、労働問題に精通した弁護士による労務監査を受けることをお勧めします。労務監査では、以下の点をチェックします。

  • 就業規則、賃金規程が法令に適合しているか
  • 雇用契約書の内容に不備がないか
  • 労働時間管理が適切に行われているか
  • 未払残業代が発生していないか
  • 安全配慮義務を果たしているか

問題が発見された場合、早期に是正することで、将来の労働審判を予防できます。

□ 従業員への説明会の実施


労働時間管理のルールを従業員に周知徹底するため、定期的に説明会を開催してください。特に以下の点を説明します。

  • 休憩時間の取り方
  • 待機時間の扱い
  • 固定残業代の仕組み
  • 日報の記載方法

従業員がルールを理解していないことが労働紛争の原因になります。

退職時の手続きの厳格化

□ 退職合意書の取得


従業員が退職する際には、必ず「退職合意書」を作成し、以下の事項について確認を取ってください。

  • 退職日
  • 退職理由(自己都合退職か、合意退職か)
  • 未払賃金がないことの確認
  • 会社に対する請求権を放棄すること

退職合意書がない場合、退職後に「不当解雇だ」「未払残業代がある」と主張され、労働審判を起こされる危険があります。

□ 最終給与の精算


退職時には、最終月の給与計算を正確に行い、未払賃金がないことを確認してください。特に、有給休暇の買い取り、退職金の支払い、社会保険料の精算などを漏れなく行う必要があります。

最終給与の支払いと同時に、「これ以上の未払賃金はないことを確認しました」という書面に署名をもらうことで、退職後の請求を防ぐことができます。

7. 当事務所が運送業者を支えるサポート内容

大分県の運送業界に精通した迅速対応

リブラ法律事務所は、大分県内の運送業者の労務問題を扱ってきた実績があります。大分県の運送業界は、九州各地への中距離輸送が中心であり、労働時間管理が複雑になりがちです。当事務所は、大分県内の運送業界の実情を理解しており、実務的なアドバイスを提供できます。

□ 労働審判の申立てを受けた当日の相談対応


労働審判の準備期間は極めて短く、1日の遅れが致命的になります。当事務所では、労働審判の申立書を受け取った当日にご連絡いただければ、即日または翌日に初回相談の予約を入れることが可能です。初回相談では、申立書の内容を精査し、今後のスケジュール、必要な証拠、反論の方向性について具体的にアドバイスいたします。

□ 第1回期日までの徹底サポート


第1回期日までの準備は、多岐にわたります。当事務所では、以下のサポートを提供します。

  • 証拠書類の収集・整理(タコグラフデータ、GPS記録、配車指示書など)
  • 関係者からの事情聴取
  • 法的論点の分析と反論の構築
  • 答弁書の作成
  • 第1回期日のシミュレーション

これらのサポートにより、会社側は十分な準備を整えた状態で第1回期日に臨むことができます。

□ 労働審判期日への同行と交渉


労働審判の期日には、弁護士が会社側の代理人として同行し、労働審判委員会との交渉を行います。会社側の主張を法的に整理し、有利な調停案の成立を目指します。

労働審判後の継続的なサポート(顧問契約)

□ 就業規則・賃金規程の見直し


労働審判が終結した後も、同様の問題を繰り返さないために、就業規則や賃金規程の見直しが必要です。当事務所では、運送業に特化した就業規則のひな形を用意しており、各社の実情に合わせてカスタマイズいたします。

□ 労務監査の実施


定期的な労務監査を実施し、法令違反がないかをチェックします。問題が発見された場合、早期に是正策を提案し、将来の労働紛争を予防します。

□ 従業員向け説明会の実施


労働時間管理のルールを従業員に周知するため、説明会の講師として弁護士が出張いたします。従業員の理解を深めることで、認識のズレによる紛争を未然に防ぎます。

顧問契約を締結することのメリット

当事務所では、運送業者向けの顧問契約プランを用意しています。顧問契約を締結いただくことで、以下のメリットがあります。

□ いつでも相談できる安心感


労務問題は、突然発生します。従業員から「未払残業代を請求する」と通知が来た、労働基準監督署から是正勧告を受けた、といった緊急事態に、すぐに弁護士に相談できる体制があることは、経営者にとって大きな安心感になります。

□ 紛争の予防


顧問弁護士がいることで、労務問題が深刻化する前に、早期に対応できます。例えば、従業員から残業代の請求があった段階で弁護士に相談すれば、労働審判に発展する前に任意交渉で解決できる可能性が高まります。

□ コストの削減


労働審判になってから弁護士に依頼すると、着手金・報酬金が高額になります。顧問契約を締結している場合、顧問料の範囲内で相談・交渉を行うことができ、結果的にコストを抑えられます。

相談方法:

  • 電話連絡:097-538-7720
  • メール連絡 lybra@triton.ocn.ne.jp
  • 来所相談: 大分県大分市の当事務所にお越しいただきます。
  • 遠方の場合、オンライン相談(Zoom等)も可能です。

弁護士: 井田雅貴
リブラ法律事務所代表。企業側の労務問題にも対応でき、特に運送業、建設業、製造業など、労働時間管理が複雑な業種の労働審判を手がけています。大分県内の企業を中心に、労務問題の予防や紛争解決を幅広くサポートしています。

まとめ

運送業で労働審判を申し立てられた場合、初動対応が極めて重要です。第1回期日まで40日以内という短い準備期間の中で、証拠を収集し、法的に有効な反論を構築し、答弁書を作成しなければなりません。特に運送業では、実走時間と待機時間の区別、休憩管理の実態、タコグラフ・GPSログの証拠整備が争点になります。

対応が遅れれば、会社側に極めて不利な調停案を受け入れざるを得なくなり、高額な解決金の支払いを余儀なくされます。さらに、他の従業員への波及、取引先からの信用失墜、行政処分のリスクも生じます。

労働審判の申立書が届いたら、即日で労働問題に精通した弁護士に相談してください。リブラ法律事務所では、大分県内の運送業者を対象に、労働審判の初動対応から労働審判期日への同行、そして労働審判後の継続的な労務管理サポートまで、一貫したサービスを提供しています。まずはお気軽にお問い合わせください。

Last Updated on 12月 21, 2025 by kigyo-lybralaw

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弁護士法人リブラ総合法律事務所

事務所に所属する弁護士は、地元大分県で豊富な経験で様々な案件に取り組んでいたプロフェッショナルです。ノウハウを最大限に活かし、地域の企業から、起業・会社設立段階でのスタートアップ企業、中堅企業まであらゆる方に対して、総合的なコンサルティングサービスを提供致します。弁護士は敷居が高い、と思われがちですが、決してそのようなことはありません。私たちは常に「人間同士のつながり」を大切に、仕事をさせて頂きます。個人の方もお気軽にご相談下さい。

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