標準貨物自動車運送約款(2025年改正)の要点と運送委託契約実務への影響

1. はじめに

本稿は、令和7年(2025年)4月1日より施行された標準貨物自動車運送約款(以下、「標準約款」)の改正内容について、その背景、具体的な変更点、及び荷主・運送事業者双方の実務に与える影響を分析するものである。今回の改正は、「流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律及び貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律」(令和6年法律第23号、以下「改正法」)の施行に伴うものであり、物流業界が直面する「2024年問題」への対応を主たる目的としている。

改正標準約款の主要な変更点は、①運送契約締結時における「運送引受書」等の書面交付の義務化と記載事項の明確化、②運送に付随する「附帯業務」の範囲の明確化と対価収受の原則化、③利用運送(下請け)における実運送事業者名の荷送人への通知義務化と「利用運送手数料」の規定、④実態に即した料率ベースの「中止手数料」規定への変更、⑤一定規模以上の事業者等における運賃・料金等のオンライン掲示義務化、の5点である。

これらの改正は、従来、口頭での合意や曖昧な契約慣行によって、事実上、運送事業者が負担してきた事項(例:契約外業務の無償提供、長時間の荷待ち)や、多重下請構造における不透明性を是正し、取引の透明性、公正性、及び効率性を高めることを目指している。これにより、トラックドライバーの労働条件改善と、持続可能な物流体制の構築を後押しすることが期待される。

本改正は、運送事業者にとってはコンプライアンス対応や新たな収益機会の可能性がある一方、荷主にとっては契約プロセスの厳格化や潜在的なコスト増に繋がる可能性があるため、双方における適切な理解と対応が不可欠である。

2. 背景:改正貨物自動車運送事業法(令和6年法律第23号)と「2024年問題」

今回の標準約款改正は、単独の事象ではなく、日本の物流業界、特にトラック運送事業が直面する構造的な課題、すなわち「2024年問題」に対応するための広範な法改正の一環として位置づけられる。

2.1. 触媒としての「2024年問題」

「2024年問題」とは、いわゆる働き方改革関連法に基づき、2024年4月1日からトラックドライバーの時間外労働時間の上限が年間960時間に制限されること、及び改正改善基準告示が適用されることに伴い、輸送能力の低下や物流の停滞が懸念される問題を指す。この規制強化は、ドライバーの健康確保と労働条件改善を目的とする一方で、既に顕在化していたドライバー不足や、他産業と比較して長時間労働・低賃金となりがちな構造的問題を背景に、物流インフラの維持に対する深刻な危機感を生じさせた。

国土交通省の試算によれば、この問題に対して何ら対策を講じなかった場合、2024年度には国内の営業用トラックの輸送能力が約14パーセント、2030年度には約34パーセント不足する可能性があるとされている。このような状況は、国民生活や経済活動に不可欠な物流機能の麻痺を招きかねず、抜本的な対策が急務となった。係る課題への認識が、物流効率化とドライバーの労働条件改善を両立させるための包括的な法改正へと繋がった。

2.2. 改正貨物自動車運送事業法(令和6年法律第23号)の概要

こうした背景を受け、第213回通常国会において「流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律及び貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律」(令和6年法律第23号)が成立し、令和6年5月15日に公布された。本レポートで主に取り上げる標準約款改正に直接関連する貨物自動車運送事業法の主要な改正規定は、令和7年(2025年)4月1日から施行されている。

なお、この改正法は、貨物自動車運送事業法だけでなく、「流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律」(流通業務総合効率化法)も改正し、法律名を「物資の流通の効率化に関する法律」(物資流通効率化法)へと変更している。この改正物資流通効率化法では、荷主や物流事業者に対して物流効率化のための努力義務や、一定規模以上の事業者(特定事業者)に対する中長期計画作成・定期報告等の義務付け、物流統括管理者の選任義務などを定めており、貨物自動車運送事業法の改正と連携して、物流プロセス全体の改善を促す枠組みとなっている。

2.3. 標準約款改正を駆動した主要な法的要請

標準約款の改正は、上記の改正貨物自動車運送事業法が新たに定めた以下の義務規定等を、運送契約の実務に反映させるために行われたものである。

  • 書面交付義務: 改正法第12条は、原則として、真荷主(自ら運送を委託する荷主)と一般貨物自動車運送事業者との間で運送契約を締結する際に、運送の役務内容とその対価(附帯業務料、燃料サーチャージ等を含む)、支払方法等を記載した書面を相互に交付することを義務付けた。これは、従来見られた口頭契約等による曖昧さを排除し、契約内容の明確化を通じてトラブルを未然に防止するとともに、提供された全ての役務に対する正当な対価の支払いを確保することを目的としている。ただし、災害時等の緊急やむを得ない場合や、一定の条件を満たす小口輸送等、例外も定められている。
  • 下請け適正化(利用運送)に関する規制: 改正法は、トラック運送業界における多重下請構造の問題に対処するため、下請け取引の適正化に関する規定を強化した。具体的には、他の運送事業者の運送を利用する(下請けに出す)全ての事業者に対し、下請事業者の健全な事業運営に資する取り組み(健全化措置)を行う努力義務を課した。さらに、利用運送の年間取扱量が一定規模以上の事業者に対しては、下請け適正化に関する管理規程(運送利用管理規程)の作成と、責任者(運送利用管理者)の選任を義務付けた。
  • 実運送体制管理簿の作成・保存義務: 元請事業者(最初に運送を引き受けた事業者)に対し、実際に運送を行う事業者(実運送事業者)の名称等を記載した「実運送体制管理簿」の作成及び保存を義務付けた 2。これにより、運送の責任体制を明確化し、トレーサビリティを向上させることを目指している。ただし、元請事業者自身が運送する場合や、特定の小口輸送、委託関係が既に明確な場合などは作成が不要となる。
  • 荷主及び特定事業者の義務: 前述の通り、改正物資流通効率化法により、荷主及び特定事業者にも物流効率化(荷待ち・荷役時間の短縮、積載率の向上等)に向けた努力義務が課され、国による指導・助言、調査・公表の対象となる。特定事業者には中長期計画の作成・定期報告、物流統括管理者の選任も義務付けられる。これは、運送事業者側の努力だけでは解決困難な課題に対し、荷主側の協力と主体的な取り組みを法的に促すものである。

これらの法改正は、「2024年問題」という喫緊の課題に対し、国が運送事業者間の取引慣行の是正(改正貨物自動車運送事業法)と、荷主・物流事業者への効率化要請(改正物流効率化法)という両面からアプローチする戦略を採用したことを示している。標準約款は、多くのトラック運送契約における事実上の標準契約書として機能しているため、この標準約款を改正し、書面交付義務や下請け適正化といった新たな法的要請を契約条項として具体化することが、法の実効性を担保する上で不可欠であった。すなわち、標準約款の改正は、抽象的な法律上の義務を、日々の取引における具体的な契約ルールへと落とし込むための重要な実施メカニズムなのである。

3. 令和7年4月1日施行 標準貨物自動車運送約款改正の分析

令和6年法律第23号による貨物自動車運送事業法の改正内容を運送契約の実務に反映させるため、国土交通省は「標準貨物自動車運送約款等の一部を改正する告示」(令和7年国土交通省告示第193号)を公布し、令和7年(2025年)4月1日から改正後の標準約款が施行された。以下に、主な改正点を分析する。

標準貨物自動車運送約款 主要改正点比較表(令和7年4月1日施行前後)

約款条項区分改正前(令和6年6月1日施行版等)の主要規定改正後(令和7年4月1日施行版)の主要規定関連する改正後約款条項例
運送の引受け (Acceptance of Transport)運送引受書の交付規定はあるが、記載事項や交付方法の義務付けは限定的。運送申込書・運送引受書の相互交付を原則義務化。運送引受書に集配予定日時、積込み・取卸し委託の有無、附帯業務内容、交付年月日等の記載を要求 。第6条(運送申込書)、第7条(運送引受書)
積込み又は取卸し等 / 運賃、料金等 (Loading/Unloading etc. / Fares, Charges etc.)附帯業務に関する規定は存在するが、「積込み」「取卸し」等が運送業務と一体的に扱われ、対価収受が不明確な場合があった 。「積込み」「取卸し」等を運送業務から分離し独立章(第3章)で規定。荷待ち・荷役時間を含む附帯業務について、運送事業者が引き受けた場合は対価を収受する旨を明確化。運送引受書に対価(燃料サーチャージ等含む)の記載を要求。第3章(積込み又は取卸し等)、第32条(運賃、料金等)、第60条(附帯業務)※改正後の条項構成に基づく
利用運送 (Subcontracting)利用運送が行われる場合がある旨の規定のみで、実運送事業者の情報は荷送人に通知されず、手数料に関する規定もなかった。元請運送事業者は、実運送事業者の商号・名称等を荷送人に通知することを規定。利用運送に係る費用として「利用運送手数料」を収受できる旨を規定。第28条(利用運送)※改正後の条項例
中止手数料 (Cancellation Fees)積込み予定日の前日までの運送中止は、原則として中止手数料を請求しない規定。実勢に応じ、中止時期に基づいた料率制に変更。集貨予定日の前々日中止:運賃等の20%以内、前日中止:30%以内、当日中止:50%以内を収受可能に。第29条(中止手数料)※改正後の条項例
掲示 (Posting)運賃・料金等は営業所等での店頭掲示が基本。個人向け運賃・料金等について、店頭掲示に加えウェブサイト等でのオンライン掲示を原則義務化(従業員20人超の事業者等)。第32条4項(運賃、料金等)

3.1. 文書化の強化:運送申込書と運送引受書

今回の改正で最も基本的な変更点の一つが、運送契約プロセスにおける文書化の徹底である。改正前の標準約款においても運送申込書や運送引受書に関する言及はあったが、改正後は、原則として荷送人が「運送申込書」を提出し、運送を引き受ける運送事業者が「運送引受書」を交付するという相互交付が規定され、その記載内容もより具体的に定められた。国土交通省や全日本トラック協会からは、これらの書類の標準的なひな形も提供されている。

改正後の標準約款第7条等によれば、運送引受書には、集貨及び配達(または発送及び到着)の予定日時、申込者から積込み・取卸しの委託があった場合はその旨、附帯業務を行う場合はその旨及び内容、運送引受書の交付年月日などを記載する必要がある 13。これは、改正貨物自動車運送事業法第12条が要求する書面交付義務を具体化したものである。同法では、役務の内容及びその対価、支払方法等の記載も求めており、運送引受書はこれらの情報を網羅する契約確認文書としての役割を担う。また、改正省令では、交付された書面の写しを1年間保存することも義務付けている。

この変更は、従来しばしば見られた口頭での曖昧な依頼や、「運ぶ」という行為の中にどこまでの作業が含まれるのか不明確なまま運送が開始されるといった慣行からの脱却を意味する。書面による相互確認プロセスを必須とすることで、契約条件に関する認識の齟齬や、「言った言わない」という紛争リスクを低減することが期待される。特に、運送事業者にとっては、提供するサービスの範囲と対価を契約開始前に明確に合意・記録しておくことで、契約範囲外の業務要求の抑止や、請求漏れの防止に繋がる重要な意義を持つ。契約内容が文書として残ることで、万が一紛争が生じた場合の立証も容易になる。これは、契約関係における力関係が弱い立場に置かれがちであった運送事業者にとって対等な取引関係を構築するための一歩となる。

3.2. サービスの明確化と対価収受(運賃、料金等)

改正標準約款では、運送業務とそれに付随するサービスの範囲と対価に関する規定が大幅に明確化された。特に、「積込み」及び「取卸し」に関する業務は、従来の「第2章 運送業務等」から分離され、「第3章 積込み又は取卸し等」として独立した章で規定された。これは、これらの荷役作業が本来の運送業務とは異なる性質を持つことを明確にし、対価請求の根拠を強化するものである。

さらに重要なのは、改正約款が、荷待ち時間(待機時間料)や、仕分け、検品、ラベル貼りといった「附帯業務」について、運送事業者がこれらを引き受けた場合には、契約の有無に関わらず(つまり、当初の契約に含まれていなくても、実態として作業が発生し、事業者がそれを行った場合には)、その対価を収受できる旨を明確に規定した点である。

この規定は、前述の書面交付義務と連動している。改正法第12条及び改正標準約款  は、運送引受書等の書面に、運送の対価だけでなく、附帯業務等の運送以外の役務の内容とその対価(燃料サーチャージ等を含む)も記載することを求めている。契約段階で附帯業務の有無と料金について合意形成を図ることが促されている。

この変更の背景には、「2024年問題」の議論の中で、ドライバーの長時間労働の大きな要因として、荷主都合による長時間の荷待ちや、契約外の荷役作業等の負担が指摘されてきたことがある。これらの非効率な時間は、ドライバーの拘束時間を延ばすだけでなく、運送事業者にとっては無駄なコスト(人件費、燃料費等)の発生要因となっていた。改正法及び標準約款は、これらの付随的な時間や作業に対して明確な対価を設定し請求する枠組みを整備することで、運送事業者の収益性を改善すると同時に、荷主側にも荷待ち・荷役時間の短縮に向けたインセンティブを与えることを狙っている。荷主は、追加料金の発生を避けるために、予約システムの導入や荷受け体制の見直し等、自社の物流プロセスを効率化する必要に迫られることになる。また、関連する動きとして、改正法に基づく省令等により、運送事業者が記録すべき業務記録(運転日報等)の対象に、荷待ち時間や荷役作業等の時間が含まれることが明確化され、その記録義務の対象が拡大されている点も指摘しておくべきである。これにより、客観的なデータに基づいた料金交渉や、荷主への改善要請が可能となる環境が整備されつつある。

3.3. 利用運送(下請け)における透明性の向上

多重下請構造の是正も、今回の法改正及び標準約款改正の重要な柱の一つである。改正前の標準約款では、利用運送(運送事業者が他の運送事業者に運送を委託すること)が行われる可能性があることは示唆されていたものの、荷送人が、実際に自分の貨物を運んでいるのが誰か(実運送事業者)を把握することは困難であった。

これに対し、改正標準約款では、利用運送を行う元請運送事業者は、原則として、当該運送の全部又は一部を行う実運送事業者の商号又は名称等を、荷送人に通知しなければならない、と規定された。これは、改正法が目指す多重下請構造の透明化と、元請事業者に課された実運送体制管理簿の作成・保存義務と軌を一にするものである。

さらに、改正標準約款では、利用運送に係る費用について、元請運送事業者が荷送人から「利用運送手数料」として収受できる旨も新たに規定された。

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これらの変更は、複雑で不透明になりがちな下請け構造に光を当て、荷送人が運送プロセス全体をより把握しやすくすることを意図している。荷送人は、自社の貨物を実際に担当する運送事業者を認識することで、輸送品質や安全性に対する意識を高め、問題発生時の責任所在の明確化にも繋がる可能性がある。また、利用運送手数料の規定は、元請事業者が下請け管理に要するコストやリスクを、契約上、正当な手数料として請求できる根拠を与えるものである。これにより、単なる中抜き構造ではなく、管理機能に対する適切な対価が支払われる関係性の構築が期待される。

3.4. 中止手数料規定の見直し

運送契約が締結された後のキャンセルに関する規定も、実態に合わせて見直された。改正前の標準約款では、荷送人が貨物の積込み予定日の前日までに運送の中止を申し出た場合、原則として中止手数料は請求されないことになっていた。これは、直前のキャンセルであっても運送事業者が損失を被るリスクがあるにも関わらず、その補償が十分に確保されていない状況を生んでいた。

改正標準約款では、この規定が大幅に変更され、中止のタイミングに応じた料率ベースの中止手数料(キャンセル料)を収受できるようになった。具体的には、運送引受書に記載された集貨予定日を基準として、

  • 前々日に運送の中止をした場合:運送引受書記載の運賃・料金等の20%以内
  • 前日に運送の中止をした場合:同30%以内
  • 当日に運送の中止をした場合:同50%以内 をそれぞれ収受できると定められた。

この変更は、「実勢に応じて」、つまり、キャンセルによって運送事業者が被る逸失利益や、既に手配・確保した車両やドライバー等のリソースが無駄になる損害を、より適切に反映させることを目的としている。特に「2024年問題」下で輸送能力が逼迫する中、直前のキャンセルは運送事業者にとって大きな打撃となり得る。新たな中止手数料規定は、荷送人に対して、より計画的な発注と確実な契約履行を促すインセンティブとして機能すると考えられる。安易なキャンセルには相応の経済的負担が伴うことを明確にすることで、車両やドライバーの効率的な運用を阻害する要因を減らし、限りある輸送リソースの有効活用を図る狙いがある。

3.5. デジタル情報開示の要請(オンライン化)

近年のデジタル化の流れを反映し、運賃・料金等の情報開示に関する規定も更新された。改正前の標準約款では、運賃・料金等は営業所その他の事業所の店頭に見やすいように掲示することが基本とされていた。

改正標準約款(第32条4項等)では、これに加え、個人(事業として又は事業のために運送契約の当事者となる場合を除く)を対象とした運賃・料金等については、原則として、店頭掲示に加えて、事業者のウェブサイト等によるオンラインでの掲示(電気通信回線に接続して行う自動公衆送信による公衆の閲覧)も義務付けられた。このオンライン掲示義務は、貨物自動車運送事業法第11条の改正に基づくものであり、全ての事業者に課されるわけではなく、事業規模が著しく小さい場合等を除く(例えば、関連する施行規則等で従業員20人超の事業者等が対象とされる可能性がある)とされているが、情報公開の促進と利用者利便の向上を目的としている。

この背景には、デジタル社会形成基本法 37 に代表されるような、行政手続きや情報公開におけるデジタル化推進の大きな流れがある。運賃・料金体系がオンラインで容易に確認できるようになれば、荷主や消費者は、より多くの情報を基に運送事業者を選択することが可能となり、価格やサービスの透明性が高まることが期待される。これは、事業者間の健全な競争を促進する可能性も秘めている。

4. 実務への影響:荷主及び運送事業者

令和7年4月1日施行の改正標準約款は、トラック運送に関わる荷主と運送事業者双方の日常業務に具体的な変化をもたらす。

4.1. 運送事業者への影響

  • コンプライアンス負担の増加: 新たな義務規定への対応が必要となる。具体的には、運送契約ごとの運送引受書の作成・交付・保存、利用運送を行う場合の実運送事業者名の荷送人への通知、必要に応じた実運送体制管理簿の作成・保存といった文書管理業務が増加する。これらのプロセスを確実に実行するための社内体制の整備、担当者への教育・周知が不可欠となる。場合によっては、これらの業務を効率的に処理するためのITシステムの導入や改修も検討する必要がある。
  • 契約交渉と収益機会: 附帯業務や荷待ち時間に対する対価を明確に請求できるようになったことは、収益改善の機会となり得る。しかし、これを実現するには、荷主との間でこれらの料金体系について事前に明確な合意を取り付ける必要がある。そのためには、自社のコスト構造を正確に把握し(原価計算)、適正な料金設定を行い、それを荷主に対して論理的に説明・交渉する能力が求められる。単に約款が変わったからといって自動的に収入が増えるわけではなく、積極的な営業努力と交渉が伴って初めて実を結ぶ。
  • 下請け管理の強化: 利用運送を行う場合、荷送人への実運送事業者通知という新たな事務負担が発生する。さらに、一定規模以上の事業者は、運送利用管理規程の作成と運送利用管理者の選任という、より重い管理体制の構築が法的に義務付けられる。下請け事業者に対しても、改正法の趣旨(健全化措置の努力義務等)を周知し、サプライチェーン全体でのコンプライアンスを確保する必要がある。
  • 情報公開(デジタル化): オンライン掲示義務の対象となる事業者は、自社ウェブサイト等に必要な情報を掲載し、常に最新の状態に保つ必要がある。これは、情報発信能力の強化と、潜在顧客へのアピール機会にもなり得る。

4.2. 荷主への影響

  • 契約プロセスの厳格化: 従来のような口頭での依頼や曖昧な指示は通用しにくくなる。運送を依頼する際には、必要な情報を記載した運送申込書を作成・提出し、運送事業者から交付される運送引受書の内容を十分に確認・合意する必要がある。契約内容の認識齟齬を避けるため、より慎重な契約管理が求められる。
  • 潜在的なコスト増加: これまで運送事業者が(不本意ながらも)吸収してきた可能性のある附帯業務(荷役、仕分け等)や荷待ち時間に対する費用が、今後は明確に請求されるようになる。また、直前の運送中止に対するペナルティ(中止手数料)も実質的に引き上げられた。これらの要因により、物流コストが増加する可能性があるため、予算策定や管理の際、これらの変動要因を考慮に入れる必要がある 。
  • オペレーション改善への圧力: 追加コストの発生を回避するためには、自社の物流オペレーションを見直し、効率化を図る強い動機付けとなる。具体的には、荷待ち時間を削減するためのトラック予約システムの導入やバース運用改善、荷役時間を短縮するためのパレット化推進や標準仕様パレットの導入、十分なリードタイムの設定による運行計画の平準化などが挙げられる。
  • サプライヤー(運送事業者)管理: 利用運送に関する通知を通じて、自社の貨物がどの事業者によって運ばれているかを把握できるようになる。これは、運送品質やコンプライアンス状況を踏まえた運送事業者選定・評価の新たな視点となり得る。また、荷主自身も改正物資流通効率化法の下で物流効率化への努力義務を負っていることを認識し、運送事業者との連携を強化する必要がある。

今回の標準約款改正は、運送契約における責任と負担の所在をより明確化し、再配分するものと言える。運送事業者は、自社のサービスと時間を正当に評価・請求するための契約上の根拠を得る一方で、コンプライアンス遵守のための管理負担が増加する。荷主は、契約プロセスの厳格化と潜在的なコスト増に直面するが、同時に自社の物流プロセスを効率化する強いインセンティブを得ることになる。

この変化は、単に契約書式が変わるという表面的な問題ではなく、「2024年問題」という構造的な課題に対応するため、取引慣行そのものを見直し、より持続可能な関係性を構築しようとする政策意図の表れである。双方の当事者が、この新しい契約環境下で自社のプロセスやコスト構造を再評価し、適応していくことが求められる。

5. 推奨事項

改正標準約款の円滑な導入と、その目的である持続可能な物流の実現に向けて、運送事業者及び荷主双方に以下の対応を推奨する。

5.1. 運送事業者向け推奨事項

  • 契約書式・プロセスの見直しと徹底: 標準約款を使用している場合は、改正内容を正確に理解し、運用に反映させる。独自の約款を使用している場合は、改正標準約款及び改正法の内容との整合性を確認し、必要に応じて改定・認可申請を行う。特に、運送引受書の作成・交付プロセスを標準化し、附帯業務や料金に関する記載漏れがないよう徹底する。
  • 料金体系の構築と交渉準備: 附帯業務や待機時間料について、自社の実コストに基づいた(原価計算)明確で合理的な料金体系を構築する。これを荷主に対して事前に提示し、理解と合意を得るための交渉準備(説明資料作成、担当者トレーニング等)を行う。
  • システム投資の検討: 運送引受書や実運送体制管理簿等の文書作成・管理、オンラインでの情報掲示(該当する場合)などを効率化するためのITシステム導入・改修を検討する。トラック予約システム等との連携も視野に入れる。
  • 社内教育の実施: 営業担当者、配車担当者、運行管理者、ドライバー等、関係する全ての従業員に対し、改正約款の内容、新たな文書要件、料金交渉のポイント等について十分な教育・研修を実施する。
  • 下請け管理体制の整備: 利用運送を行う場合、荷送人への通知プロセスを確立する。義務化対象となる場合は、速やかに運送利用管理規程を作成し、運送利用管理者を選任・届け出る。下請け事業者に対しても改正内容を周知し、協力体制を構築する。

5.2. 荷主向け推奨事項

  • 社内物流プロセスの分析と改善: 自社の発注、荷受け、荷役等のプロセスを詳細に分析し、荷待ち時間や非効率な附帯作業が発生しているボトルネックを特定する。リードタイムの見直し、出荷・納品時間の分散、パレット等の活用、検品方法の効率化など、具体的な改善策を検討・実施する 8
  • 運送事業者との連携強化: 改正約款を機に、主要な運送事業者とサービス内容、料金体系、リードタイム等について改めて協議する場を設ける。一方的な要求ではなく、双方にとってメリットのある効率化策(例:共同配送、中継輸送の検討)を協力して模索する姿勢が重要である。
  • テクノロジー活用: 運送事業者との連携を円滑にし、自社のオペレーションを効率化するために、トラック予約受付システム 8 や倉庫管理システム(WMS)等の導入・活用を検討する。
  • 契約管理体制の強化: 運送事業者から提示される運送引受書の内容を精査し、合意内容を正確に把握するための社内チェック体制を構築する。特に、附帯業務の範囲と料金、中止手数料の条件については注意深く確認する。
  • 予算計画への反映: 附帯業務料、待機時間料、中止手数料等の新たなコスト要因や、運送事業者側のコンプライアンスコストを反映した運賃改定の可能性を考慮し、物流関連予算を策定する 28

5.3. 共通推奨事項

  • オープンなコミュニケーションとパートナーシップ: 改正の趣旨は、一方に負担を強いることではなく、取引の透明性と公正性を高め、持続可能な物流を実現することにある。運送事業者と荷主が対立するのではなく、パートナーとして課題を共有し、オープンな対話を通じて解決策を見出していく姿勢が最も重要である。いわゆる「ホワイト物流」推進運動 43 の精神にも通じる協力関係の構築を目指すべきである。

これらの推奨事項は、単なる法改正への対応に留まらず、物流コストの最適化、サービスレベルの維持・向上、そしてサプライチェーン全体の強靭化に繋がる可能性がある。法令遵守は当然の前提であるが、それを契機として、より合理的で持続可能な取引関係へと転換していくことが、関係者双方にとっての長期的な利益となる。システム導入やプロセス改善への投資、そして何よりも関係者間の建設的な対話 が、この変革を成功させる鍵となるだろう。

6. 結論

令和7年(2025年)4月1日施行の標準貨物自動車運送約款の改正は、改正貨物自動車運送事業法(令和6年法律第23号)の具体的な施行措置として、日本のトラック運送業界における取引慣行に重要な変化をもたらすものである。

本改正は、契約締結時の書面交付の義務化、運送業務と附帯業務の明確な分離及び対価収受の原則化、利用運送(下請け)における透明性の向上、実態に即した中止手数料の設定、そして情報公開のデジタル化といった多岐にわたる変更を含んでいる。

これらの変更は、個々に見れば手続きの変更や新たな義務の追加であるが、全体として見れば、従来、運送事業者、特に中小事業者や下請け事業者が不利な立場に置かれがちであった取引構造に対し、透明性と公正性をもたらそうとする明確な意図を持っている。

その根底には、ドライバー不足と労働時間規制強化という「2024年問題」への対応がある。非効率な荷待ち・荷役時間の削減、契約外業務に対する正当な対価の支払い、安易なキャンセルによる非効率の排除などを通じて、ドライバーの労働負担を軽減し、運送事業者の経営基盤を安定させ、ひいては持続可能な物流システムを構築することが、この一連の改革の究極的な目標である。

運送事業者にとっては、コンプライアンス対応という負担が増す一方で、自社のサービス価値を正当に評価され、請求する機会を得ることになる。荷主にとっては、契約プロセスの厳格化や潜在的なコスト増に直面する可能性があるが、同時に自社の物流オペレーションを抜本的に見直し、効率化を図る強い動機付けとなる。

この改正が真に効果を発揮するためには、法令や約款の文言だけでなく、それを運用する現場での意識改革と協力が不可欠である。運送事業者と荷主が、改正の趣旨を理解し、互いの立場を尊重しながら、建設的な対話を通じて新たな取引関係を構築していくことが求められる。

このように、今回の改正は運送事業者の実務に大幅な変更を迫るものです。約款の内容を見直そうと考えている事業者におかれては、お気軽にご相談下さい。事業者の取引実情に応じた契約条項を提供いたします。

Last Updated on 6月 11, 2025 by kigyo-lybralaw

この記事の執筆者
弁護士法人リブラ総合法律事務所

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