0.はじめに
今回は、従業員の引き抜きはどのような場合に違法になるのか、引き抜きによるリスクを最小限にするためにはどうすればよいか、引き抜かれた場合にどうできるか、という点についてお話しします。
1.従業員の引き抜きから生じるトラブル
(1)会社(引き抜かれた側 以下同じです。)に生じるトラブル
会社の従業員が、同僚と一緒に、あるいは同僚を引き抜いて競合会社を設立し、あるいは競合会社に入社した場合、会社には、通常、下記トラブルが生じます。
・内部事情に詳しい従業員や取締役が退職したら、競合会社に取引先を奪われて会社の売上が減少する
・噂になれば会社の信用を損ねて取引先からの信用を失う
・新たに従業員を雇用しなければならず、採用や育成に新たな負担が発生する
・会社にいる従業員に労働負荷がかかることでモチベーションが低下し、更なる人材流出を引き起こす
ひとたび従業員の引き抜きが行われると様々な問題が生じます。とりわけ、
引き抜きにより取引先を失った場合に、売上が大幅に減少して会社の存続が難しくなる事例もあります。
このため、会社は、従業員の引き抜きに対抗する手段、引き抜かれた場合は
どう対応すべきかを予め知っておく必要があります。
(2)会社を退職する側に生じるトラブル
従業員が同僚や部下を引き抜いて競合会社を設立し、あるいは競合会社に
入社した場合、退職した側には、下記トラブルが生じる可能性があります。
・同僚・部下を引き抜いた場合、その方法や手段によっては違法と評価され、
獲得した売上や利益を会社に支払わなければならない可能性がある。
・資金と労力をかけて競合会社を設立したのに、その会社での営業活動が禁止
されることがある。
そこで、退職する側も、会社の従業員の引き抜きが違法になる場合があること、
係る事態を避けるために注意すべき点について知っておくべきでしょう。
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2.従業員の引き抜きは違法か
従業員が同僚・部下を引き抜く行為は、状況によっては不法行為(民法709条)となります。
従業員が引き抜き行為を行った場合、その引き抜き行為が在職中から始まっているのか、
退職後から始めたのか、という時期によって、不法行為該当性は変わります。
以下では、在職中の場合と退職後の場合とに分けて説明します。
(1)在職中の従業員・取締役等による引き抜き行為
労働契約法は、「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、
権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。」と定めています(誠実義務。労働契約法3条4項)。
そこで、在職中に他の従業員の引き抜き行為を行うと、こうした誠実義務違反に基づく損害賠償責任を負うことがあります。
もっとも、従業員が在職中に引き抜き行為をした、あるいは画策していたとしても、一方で、従業員には、転職の自由や営業の自由(憲法22条)があります。
このため、従業員が、在職中から引き抜き行為を始め、あるいは画策していたとしても、その引き抜き行為がすべて違法になる、というわけではありません。
この点「企業の正当な利益を考慮することなく、企業に移籍計画を秘して、大量に従業員を引き抜くなど、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超え、著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱した場合には、このような引き抜き行為を行った従業員は、雇用契約上の義務に違反したものとして、債務不履行責任ないし不法行為責任を免れない」と判断した裁判例があります(大阪地判平成14年9月11日)。
この裁判例では「引き抜き行為が社会的相当性を逸脱しているか」否かの判断基準を「引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数、
従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響、
引き抜きの際の勧誘の方法・態様等の諸般の事情を考慮すべき」としています。
(2)退職した従業員による引き抜き行為
他方、従業員が会社を退職した後は、在職中と異なり、誠実義務は負っていません。
このため、従業員が会社を退職した後に、その会社の従業員に対して引き抜き行為を行うことは、
原則として違法とされません。
ただし、退職した従業員が「その引き抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法・態様で行われた場合には、違法な行為と評価されるのであって、引き抜き行為を行った元従業員は、当該会社に対して不法行為責任を負う」と考えられています(大阪地判平成14年9月11日)。
その場合でも、退職した従業員の場合は「社会的相当性を逸脱」するだけでは足りず、
「社会的相当性を著しく欠く」ことによって初めて違法と判断されるのです。
(3)競業避止義務違反による退職金減額条項
従業員の引き抜き行為が違法と判断されれば、損害賠償請求をする余地が生じます。
ただ、その場合に何を損害と考えるかは容易でなく、その損害主張を裁判所が認めてくれるかどうかも未知数です。
ただ、引き抜き行為をした者に対して、何らかの金銭支払いを求めたいところですね。
そこで、引き抜き行為を行った者に対する金銭請求をより確実なものとするために、会社が引き抜きをした者に支払った退職金を返還するような退職金規程を定め、金銭の返還を確実にすることが考えられます。
具体的には、会社の就業規則や退職金規程で、従業員に対する退職金を支払うようになっている場合に、競業避止義務に違反した者が、受取った退職金を返還するよう定めておくのです。
この場合、支払った退職金を全額返還するよう求められるかですが、退職金は賃金の後払い的性質を有するとするのが裁判所の考え方なので、全額の返還を求めるのは困難かと存じます。
返還割合については上限を決めておいて、具体的な額はその事案の性質によって定めるとすることが考えられます。
(4)実際の裁判例はどうか
従業員の引き抜き行為が問題となった裁判例はいくつかあります。
その詳細をここでお伝えするのは控えますが、実際の裁判では
・一斉かつ大量の引き抜き
・業務上の影響力を利用した引き抜き
・会社を誹謗中傷して行う引き抜き
・営業秘密の持ち出しをともなう引き抜き
である場合は、不法行為が成立やすい傾向にあります(勿論、これらの要素があっても不法行為が成立しないケースもありえます。具体的な事案は弁護士に相談して下さい)。
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3.在職中/退職後の引き抜きを予防する方法
(1)誓約書の作成
会社は、従業員が入社した際、誓約書(合意書)を作成させ、あるいは、就業規則等で引き抜きを禁ずることが考えられます(入社後に誓約書を作成することは難しいとお考え下さい)。
会社は、従業員との間で、引き抜き行為をしないという合意をすることが認められます(契約自由の原則)。
もっとも、従業員が退職した後もずっと引き抜き行為を禁ずる内容の合意は、従業員の営業活動の自由や勧誘の対象となる従業員の職業選択の自由を過度に制約するものとして、公序良俗に反し無効、とされる可能性があります(民法90条)。
この場合、下記事項を誓約書に盛り込むことが考えられます。
・雇用契約期間中や雇用契約終了後1年間は、会社の従業員に対して転職の
勧誘や採用活動をしないこと。
・従業員が係る約束に違反した場合、会社に○○〇円の違約金を支払うこと
もっとも、違約金の額を高額にすると、公序良俗に反すると評価される可能性が高まるため、なるべく低めの額に設定しておくべきでしょう。
(2)就業規則に引き抜き防止規定を定めること
また、会社は、就業規則で引き抜きを禁止することも考えられます。
誓約書は、従業員の署名が必要であるところ、就業規則の場合は、個別の同意が必要とされません。
もっとも、就業規則で引き抜きを禁止する条項の有効性は、就業規則の周知、就業規則を変更する際の手続や内容の合理性が問われます。
就業規則で引き抜き防止規定を定める場合は、弁護士に相談することをお勧めします。
4 会社が現実に従業員を引き抜かれた場合はどうするか
(1)引き抜かれた経緯の把握と証拠収集
会社の従業員が競合会社に引き抜かれたことが発覚した場合、会社は、早期に引き抜かれた経緯を把握し、証拠の収集を行う必要があります。
会社は、経緯を把握するために、転職の勧誘を受けたが会社に残留した社員から、いつ、誰から、どのような転職の勧誘を受けたかを聴取すべきです。
会社は、聴き取りの際、関連する客観的証拠(勧誘する内容の書かれたメールやLINE、書面など)も収集しておくべきです。
また、会社は、可能な限り、勧誘を行ったもと従業員や勧誘に応じたもと従業員に連絡を取り、事情を聴くべきでしょう(録音することをお勧めします)。
現実には、退職者から事情を聞けないことが多いのですが、試みてみる価値はあります。
(2)法的手続について
法的手続きの具体的内容は下記のとおりです。
①損害賠償請求
②不当利得返還請求
③営業行為等の差止請求
損害賠償とは、引き抜き行為により会社に生じた損害を賠償せよとする請求です。
もっとも、損害額算定は容易でないことから、次善の策として、競業避止義務違反に基づく退職金返還請求をなすことが考えられます。
この場合の請求を不当利得返還請求といいます。
また、営業行為等の差止請求が可能となれば強力な抑制手段となります。
ただし、この点は引き抜きをした者の営業の自由に対する強力な制約となるため、簡単には認められません。
いずれの請求をなすとしても、まずは状況把握と証拠収集をなすことです。
次に、状況把握と証拠収集を終えたら、引き抜き行為を行ったもと従業員に対し、
同種営業を禁ずる旨の警告を行うことや仮処分申立て、差止訴訟、損害賠償請求訴訟などを行うことが考えられます。
ただ、従業員による引き抜き行為は、上記のとおり、常に違法となるものではありません。
また、会社が日常業務を遂行しながら訴訟手続を行うことは相応の負担となるため、法的手続をとる際にはある程度の見通しを立てた方がよいです。
そこで、従業員の引き抜き行為が違法なのか否かを、引き抜き行為の問題に詳しい弁護士に相談したのちに、具体的な対応を検討された方がよいです。
5.引き抜く従業員が検討すること
自分の引き抜き行為が裁判所で違法と判断された場合、従業員は会社に対して損害賠償金を支払わなければならず、しかも、その額が高額になることがあります。
このため、引き抜く側の従業員は、引き抜き行為を開始する前に、どのような引き抜き行為が許されないのかを十分に検討しておくべきです。一般論ですが、
会社の従業員を引き抜いて競合関係になることを厭わない従業員にはそれなりの理由がある(会社の経営方針に不満がある、
自分が業績に見合う評価を受けていない反面、競合会社では高い評価を受けている等)ことから、一層、後で損害賠償責任を負うような事態は避けるべきでしょう。
このため、退職して引き抜く側の従業員も、事前に、引き抜き行為の問題に
詳しい弁護士に相談した方がよいです。現実の裁判では、些細だと思った事実
が重要視されて敗訴することもありますので。
6.まとめ
弁護士法人リブラ法律事務所は、引き抜き行為の問題を取り扱っています。
事務所では、これまで、両方の立場からのご相談をお聞きしてきました。
引き抜き問題は、いずれの立場からも相応に打つ手があります。早期にご相談をいただくことに越したことはありません。
Last Updated on 11月 11, 2024 by kigyo-lybralaw
この記事の執筆者 事務所に所属する弁護士は、地元大分県で豊富な経験で様々な案件に取り組んでいたプロフェッショナルです。ノウハウを最大限に活かし、地域の企業から、起業・会社設立段階でのスタートアップ企業、中堅企業まであらゆる方に対して、総合的なコンサルティングサービスを提供致します。弁護士は敷居が高い、と思われがちですが、決してそのようなことはありません。私たちは常に「人間同士のつながり」を大切に、仕事をさせて頂きます。個人の方もお気軽にご相談下さい。 |