
1. ホテル・旅館を取り巻く現状
「お客様は神様」という言葉が長らく日本のサービス業界を支配してきました。しかし、この考え方は従業員の過重な負担を生み出し、深刻な人手不足の一因となってきたのです。
特に宿泊業界では、コロナ禍を経て状況が一変しました。感染拡大の初期には、渡航歴や発症を隠して宿泊する利用者が後を絶たず、従業員の安全確保が大きな課題となりました。さらに、社会全体のストレスが高まる中で、宿泊施設のフロントがクレームの「はけ口」として利用されるケースも増加したのです。
カスタマーハラスメントの実態を示す最新データ
一般社団法人全日本ホテル連盟(ANHA)が2024年6月に実施した「宿泊拒否に関するアンケート調査」によると、驚くべき実態が明らかになっています。
不当な要求を受けた経験がある施設:62.5%
この数字は、過半数の宿泊施設がカスタマーハラスメントに直面していることを示しています。さらに、施設の規模が大きくなるほどこの割合は高まり、200室以上のホテルでは実に80.0%が不当な要求を受けた経験があると回答しています。
具体的にどのような不当な要求が多いのでしょうか。同調査によると、最も多かったのは「規定外のサービス要求(深夜の特別対応など)」で64.0%、次いで「過剰な割引要求」が58.0%、「無償のアップグレード要求」が50.0%となっています。
こうした状況を受けて、2023年12月に改正旅館業法が施行されました。この法改正により、宿泊施設は一定の条件のもとで迷惑客の宿泊を拒否することが法的に認められるようになったのです。
しかし、法改正後も課題は残っています。同調査では、不当な要求に対するスタッフ教育やマニュアルが整備されている施設は46.3%にとどまっており、特に100室未満の中小規模施設ではわずか8.3%という状況です。
本記事では、改正旅館業法の内容を詳しく解説するとともに、法的トラブルを回避しながらカスタマーハラスメントに対処するための具体的な手順をお伝えします。
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2. 悪質なクチコミを書かれてしまった場合と削除依頼の方法とは?
カスタマーハラスメントへの対応で多くの経営者が頭を悩ませるのが、悪質なクチコミへの対処です。不当な要求を断った結果、SNSや予約サイトに事実と異なる投稿をされるケースは少なくありません。
ANHAの調査でも、「書面で宿泊拒否をしたところ、楽天投稿で名指しの攻撃をされた」という事例が報告されています。
悪質なクチコミの類型
悪質なクチコミには、大きく分けて以下のようなパターンがあります。
事実と異なる虚偽の内容:実際には提供されていないサービスへのクレームや、発生していない出来事の捏造など
名誉毀損に該当する内容:施設や特定のスタッフに対する誹謗中傷、社会的評価を低下させる表現
業務妨害を目的とした内容:複数アカウントからの大量投稿や、他の利用者への悪影響を狙った投稿
削除依頼の具体的な手順
ステップ1:証拠の保全
まず、問題のクチコミのスクリーンショットを撮影し、URLや投稿日時を記録します。後日、投稿が削除されてしまった場合でも証拠として活用できるよう、複数の方法で保存しておくことが重要です。
ステップ2:プラットフォームへの削除依頼
各予約サイトやSNSには、利用規約に違反する投稿の削除を依頼する窓口が設けられています。削除依頼の際は、該当するクチコミがどの規約に違反しているかを具体的に指摘し、虚偽である証拠があれば添付します。
ステップ3:法的措置の検討
プラットフォームへの削除依頼で解決しない場合は、法的措置を検討します。具体的には、名誉毀損や業務妨害を理由とした削除請求、投稿者の特定(発信者情報開示請求)、損害賠償請求などが考えられます。
ただし、すべてのネガティブなクチコミが削除対象となるわけではありません。事実に基づく正当な批評や、個人の主観的な感想は、たとえ施設にとって不都合な内容であっても、削除が認められないケースもあります。
法的措置の必要性や見通しについては、早めに弁護士に相談されることをお勧めします。
3. 改正旅館業法の概要について
改正の背景と経緯
旅館業法は1948年(昭和23年)に制定された法律で、公衆衛生や国民生活の向上の観点から、宿泊施設には原則としてすべての宿泊希望者を受け入れる義務(宿泊契約締結義務)が課されてきました。
しかし、この規定がカスタマーハラスメントを助長する一因となっていたことは否めません。「どれだけ迷惑をかけても追い出されることはない」と知った上で理不尽な要求を繰り返す利用者に対して、宿泊施設側は法的な対抗手段を持たなかったのです。
こうした状況を受けて、2023年6月に旅館業法が改正され、同年12月13日から施行されました。
改正のポイント:新設された宿泊拒否事由
改正旅館業法では、従来の宿泊拒否事由に加えて、新たに以下の規定が設けられました。
改正旅館業法第5条第1項第3号
宿泊しようとする者が、営業者に対し、その実施に伴う負担が過重であって他の宿泊者に対する宿泊に関するサービスの提供を著しく阻害するおそれのある要求として厚生労働省令で定めるものを繰り返したとき
つまり、宿泊施設に過重な負担を強いるような不当な要求を繰り返す者に対しては、宿泊を拒否できるようになったのです。
厚生労働省令で定められた具体的な要求
厚生労働省令では、宿泊拒否の対象となる「過重な負担を伴う要求」として、以下のような行為が例示されています。
- 宿泊料の不当な割引要求
- 不当な客室のアップグレード要求
- 不当なレイトチェックアウト要求
- 不当なアーリーチェックイン要求
- 契約にない送迎の要求
- 自室の上下左右の客室に他の宿泊客を入れないよう求める要求
- 特定の従業員にのみサービスを求める要求
- 土下座など社会的相当性を欠く謝罪の要求
- 長時間にわたる叱責
- 従業員に対する威圧的な言動や暴力行為
これらの行為を「繰り返した」場合に宿泊拒否が認められます。ここでいう「繰り返し」とは、必ずしも同一の行為である必要はなく、上記のような迷惑行為を複数回行った場合も該当すると解されています。
4. 改正内容における注意すべきポイントを弁護士が解説
改正旅館業法は宿泊施設にとって心強い法改正ですが、運用にあたっては注意すべき点があります。適切な対応を怠ると、かえって法的トラブルに発展するリスクがあるためです。
注意点1:客観的な事実に基づく判断が必要
改正旅館業法第5条第2項では、宿泊拒否を行う場合には「客観的な事実に基づいて判断」することが求められています。
つまり、「なんとなく態度が悪い」「雰囲気が怖い」といった主観的な印象だけでは宿泊拒否の根拠としては不十分です。具体的にどのような要求があったのか、それがいつ、どのような形で行われたのかを、客観的な事実として記録しておく必要があります。
注意点2:理由の丁寧な説明義務
同条では、「宿泊しようとする者からの求めに応じてその理由を丁寧に説明することができるようにする」ことも求められています。
宿泊拒否を行う際には、単に「お断りします」と伝えるだけでなく、なぜ宿泊を拒否するのか、その理由を具体的かつ丁寧に説明できる準備が必要です。
注意点3:記録の保存義務
改正旅館業法の附則では、当分の間、宿泊拒否を行った場合には「その理由等を記録しておく」ことが義務付けられています。
この記録は、後日トラブルになった際に施設側の正当性を証明する重要な証拠となります。記録には以下の内容を含めることをお勧めします。
- 宿泊拒否を行った日時
- 対象者の特定情報(可能な範囲で)
- 拒否の理由となった具体的な行為の内容
- それまでの経緯(過去の迷惑行為など)
- 対応したスタッフの氏名
- 拒否を伝えた際の相手の反応
注意点4:差別的取扱いの禁止
改正旅館業法は、カスタマーハラスメントへの対抗手段を与える一方で、不当な差別的取扱いを禁止しています。
特に注意が必要なのは、障害を理由とした宿泊拒否です。障害のある方からの合理的配慮の要求(車椅子利用のための家具移動、介助者の同伴など)は、たとえ施設にとって負担があっても、カスタマーハラスメントには該当しません。
また、人種、国籍、性別、宗教などを理由とした宿泊拒否は、改正旅館業法の下でも認められていません。
5. 宿泊拒否できる具体的な事例と拒否できないケースについて弁護士が解説
宿泊拒否が認められる具体例
ANHAの調査結果や実務上の事例をもとに、宿泊拒否が認められるケースを具体的に見ていきましょう。
ケース1:過剰なサービス要求の繰り返し
深夜にもかかわらず何度も客室清掃を要求する、通常のサービス範囲を超えた特別対応を執拗に求めるなど。
ケース2:不当な金銭的要求
宿泊料の大幅な割引を要求する、些細なことを理由に全額返金を求める、通常料金で最上級客室へのアップグレードを要求するなど。
ケース3:威圧的な言動・暴力行為
従業員に対して怒鳴る、威圧的な態度をとる、物を投げるなどの行為。
ケース4:長時間の拘束
クレームを口実に従業員を長時間にわたって拘束し、業務に支障をきたす行為。
ケース5:土下座など不当な謝罪要求
社会的相当性を欠く方法での謝罪を強要する行為。
ケース6:泥酔による迷惑行為
他の宿泊客に迷惑をかけるほどの泥酔状態、深夜に大声を出すなどの行為。
ANHAの調査によると、宿泊を拒否した施設のうち91.7%が「他の宿泊客やスタッフに危険が及ぶと判断したため」を理由に挙げており、次いで「施設の規定やポリシーに違反したため」が54.2%となっています。
宿泊拒否が認められないケース
一方で、以下のようなケースでは宿泊拒否は認められません。
正当なクレームや改善要求
サービスの質に関する合理的な指摘や改善要求は、たとえ厳しい言い方であっても、それだけでカスタマーハラスメントとは言えません。
障害者の合理的配慮の要求
車椅子利用のための家具配置変更、聴覚障害者への振動呼出し機の提供、身体障害者補助犬の同伴などは、正当な要求です。
差別的取扱いを受けた際の抗議
人種や国籍などを理由に不当な扱いを受けた場合に謝罪を求めることは、正当な権利行使です。
通常のサービス範囲内の要求
追加のタオルやアメニティの要求、標準的な部屋の清掃依頼など、サービス範囲内の要求。
要求内容・方法ともに正当な場合
内容が合理的であり、礼儀正しく要求している場合は、たとえ施設にとって対応が困難でも、カスタマーハラスメントには該当しません。
6. 宿泊施設でするべき事前の対処方法について
カスタマーハラスメントに適切に対処するためには、事前の準備が不可欠です。ANHAの調査では、宿泊を断った結果トラブルが発生しなかった施設の82.4%が「警察やセキュリティを呼んだ」と回答しており、毅然とした対応と適切な準備がトラブル防止の鍵であることがわかります。
以下のチェックリストを参考に、自施設の対策状況を確認してください。
事前対策チェックリスト
【マニュアル・ルール整備】
□ カスタマーハラスメント対応マニュアルを作成している
□ 宿泊約款を最新の法改正に対応させている
□ 対応できること・できないことを明確にルール化している
□ エスカレーション(上席への報告)の基準を定めている
【スタッフ教育】
□ カスタマーハラスメントの定義と判断基準を周知している
□ 具体的な対応手順を研修で伝えている
□ ロールプレイングなど実践的なトレーニングを実施している
□ 定期的に事例共有や振り返りを行っている
【記録・証拠保全体制】
□ ボイスレコーダーやメモ用紙を常備している
□ 監視カメラを適切に設置している(フロント周辺など)
□ トラブル報告書のフォーマットを用意している
□ 記録の保管方法とアクセス権限を定めている
【外部連携体制】
□ 所轄警察署との連携体制を構築している
□ 顧問弁護士に相談できる体制がある
□ セキュリティ会社との契約を検討している
【社内体制】
□ 複数人で対応できる体制を整えている
□ 深夜帯の対応方針を定めている
□ 被害を受けた従業員へのケア体制がある
ANHAの調査で寄せられた現場の声として、「毅然とした態度で説明する」「警察への相談を躊躇しない」「組織的に対応し記録を残す」といった対策が効果的であることが報告されています。
また、インバウンド対応として「約款を翻訳して提示する」「日本のホテルのスタンダードを伝える冊子を用意する」といった取り組みも有効です。
7. ホテル・旅館などでカスハラでお悩みの方はリブラ法律事務所まで
カスタマーハラスメントへの対応は、法的知識と実務経験の両方が求められる難しい問題です。対応を誤れば、かえってトラブルが拡大したり、施設側が法的責任を問われたりするリスクもあります。
リブラ法律事務所では、大分県を中心に、ホテル・旅館をはじめとする宿泊施設のカスタマーハラスメント対策をサポートしています。
リブラ法律事務所が選ばれる理由
即日対応・迅速なサポート
カスタマーハラスメントは、現場で発生している「今」への対応が重要です。当事務所では、お電話でのご相談に即日対応し、緊急の案件には翌日の面談も可能な限り調整いたします。
地域密着型の対応
大分県の地域事情や商慣習を熟知した弁護士が対応いたします。地元の宿泊施設が抱える固有の課題を理解した上で、実情に即したアドバイスを提供します。
中小企業・個人事業主に寄り添う姿勢
大規模チェーンホテルと異なり、中小規模の宿泊施設では専任の法務担当者を置くことが難しいのが実情です。当事務所では、そうした施設でも気軽にご相談いただけるよう、わかりやすい説明と実践的なアドバイスを心がけています。
ご相談いただける内容
- カスタマーハラスメント対応マニュアルの作成支援
- 宿泊約款の改定アドバイス
- 具体的なトラブル発生時の対応相談
- 悪質なクチコミへの法的対応
- スタッフ向け研修の実施
- 顧問契約による継続的なサポート
カスタマーハラスメントでお悩みの経営者・支配人の皆様、まずはお気軽にご相談ください。
リブラ法律事務所
電話番号:097-538-7720
FAX:097-538-7730
所在地:大分県大分市
※ご相談のご予約は、お電話またはお問い合わせフォームより承っております。
Last Updated on 3月 2, 2026 by kigyo-lybralaw
事務所に所属する弁護士は、地元大分県で豊富な経験で様々な案件に取り組んでいたプロフェッショナルです。ノウハウを最大限に活かし、地域の企業から、起業・会社設立段階でのスタートアップ企業、中堅企業まであらゆる方に対して、総合的なコンサルティングサービスを提供致します。弁護士は敷居が高い、と思われがちですが、決してそのようなことはありません。私たちは常に「人間同士のつながり」を大切に、仕事をさせて頂きます。個人の方もお気軽にご相談下さい。 |




