
0.はじめに
「仕様書に書いていない機能を追加しろ」「イメージと違うから全部作り直せ」「対応しないなら損害賠償だ」
システム開発やWEB制作の現場で、このような理不尽な要求に悩まされていませんか。
2025年の法改正により、企業にはカスタマーハラスメント(カスハラ)防止措置が義務化されました。IT業界においても、発注者からの過度な要求に対して「NO」と言える体制づくりが急務となっています。
本記事では、IT・システム開発企業の経営者・管理職の方に向けて、カスハラの判断基準から具体的な対応フレーズ、損害賠償リスクを回避する契約書の作り方まで、弁護士の視点から実践的に解説します。
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1. IT企業でよくあるカスタマーハラスメントとは?
IT業界特有のカスハラが発生しやすい構造
IT・システム開発業界では、他業界と比較してカスハラが発生しやすい特有の構造があります。
第一に、発注者と受注者の間に「情報の非対称性」が存在します。発注者はシステムに関する専門知識を持ち合わせていないことが多く、「どのような作業にどれだけの工数がかかるか」を正確に理解していません。そのため、「ちょっとした修正」のつもりで依頼した内容が、実際には大規模な仕様変更に該当するケースが頻発します。
第二に、システム開発は「目に見えない成果物」を扱うため、発注者が完成イメージを持ちにくいという特性があります。要件定義書や設計書で合意したはずの内容でも、実際に動くシステムを見て「イメージと違う」と感じることは珍しくありません。
第三に、IT業界では事業者間取引(BtoB)が中心であり、発注者側の資本力や取引上の優位性により、受注者が不当な要求を断りにくい力関係が生まれやすいという問題があります。
IT企業で頻発するカスハラの具体例
IT・システム開発の現場では、以下のようなカスハラが典型的に発生しています。
【仕様外の機能追加要求】
「この機能も当然含まれていると思っていた」「契約前に口頭で約束したはずだ」といった主張による無償対応の強要。
【抽象的な理由による修正要求】
「なんかイメージと違う」「センスがない」といった具体性のない指摘を繰り返し、際限なくリテイクを要求。
【過剰な技術サポート要求】
営業時間外の緊急対応の強要、契約範囲外のトラブル対応の無償要求、24時間365日の即時対応の当然視。
【威圧的な言動・人格攻撃】
「こんなこともできないのか」「プロ失格だ」といった暴言、担当者の交代要求、SNSでの誹謗中傷をちらつかせる行為。
損害賠償リスクの実態——高額判例から学ぶ
IT業界のカスハラで特に注意すべきは、損害賠償額が高額になるリスクです。
東京高等裁判所の令和2年判決では、報酬合計約4,430万円の宅配システム開発契約において、わずか5人のユーザーが正常にアクセスできなかった不具合が瑕疵と認定され、過失相殺前で約1,254万円の逸失利益に対する損害賠償義務が認められました。
システム開発の成果物は発注者のビジネスに直結するため、背後に膨大なユーザーが存在し、それによって膨大な損害が発生し得るのです。カスハラへの不適切な対応が、企業存続を揺るがす事態に発展するリスクを認識しておく必要があります。
2. IT企業が実践してきたカスタマーハラスメントに対する対応
これまでの対応の問題点
多くのIT企業では、カスハラに対して以下のような対応を取ってきました。
【現場任せの場当たり的対応】
担当エンジニアや営業担当者が個人の判断で対応し、会社としての一貫した方針がないケースが見られます。その結果、同様の要求に対して担当者によって対応が異なり、顧客の誤解を招いています。
【顧客第一主義の誤った解釈】
「お客様の言うことは何でも聞く」という姿勢で、不当な要求でも受け入れてしまう傾向があります。これは従業員の疲弊を招くだけでなく、品質低下やプロジェクト破綻のリスクを高めます。
【契約書の不備】
納期を優先するあまり、詳細な契約書を作成せずに着手してしまうケースが少なくありません。「ホームページ作成一式○○円」といった包括的な記載では、何が契約範囲かが曖昧となり、後々のトラブルの温床となります。
2025年法改正で変わるカスハラ対応の義務
2025年6月の労働施策総合推進法改正により、企業にはカスハラ防止のための雇用管理上の措置を講じることが義務付けられることになりました。
この法改正により、企業にはカスハラに対する方針の明確化と周知・啓発、相談体制の整備、被害者への配慮措置、そして再発防止策の実施が求められます。
IT企業においても、「仕様外の要求を断れない」「顧客の言いなりになるしかない」という従来の姿勢を改め、従業員を守りながら適切に対応する体制構築が法的義務となったのです。
先進IT企業に学ぶカスハラ対応の実践
近年、先進的なIT企業ではカスハラ対応方針を明確に打ち出しています。
これらの企業に共通するのは、カスハラに該当する行為を具体的に定義し、社内外に明示していること、そして該当する行為があった場合は「サービス提供の停止」を含む毅然とした対応を取る姿勢を示していることです。
特に注目すべきは、サブスクリプションモデルへの移行に伴い、顧客との関係が長期化するIT業界において、カスタマーサクセスと従業員保護の両立を経営課題として捉える企業が増えている点です。
3. カスタマーハラスメントとなる判断基準とは
カスハラ該当性を判断する2つの軸
厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、カスハラを以下のように定義しています。顧客等からのクレーム・言動のうち、要求の内容が妥当性を欠くかつ要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであり、それによって労働者の就業環境が害されるものをカスハラと位置付けています。
要求内容の妥当性——契約範囲の確認
まず確認すべきは、顧客の要求が契約範囲内かどうかです。
【契約範囲内の正当なクレーム】
要件定義書に記載された機能が動作しない場合、合意した納期を受注者都合で守れない場合、明らかなバグや不具合がある場合など。これらは正当なクレームであり、誠実に対応する必要があります。
【契約範囲外の不当な要求】
要件定義書に記載のない機能の追加を無償で求める場合、契約書に明記のない24時間対応を要求する場合、「イメージと違う」という抽象的理由での全面作り直しを求める場合など。
手段・態様の相当性——言動のチェック
要求内容が正当であっても、その伝え方が社会通念上不相当であれば、カスハラに該当し得ます。
【カスハラに該当し得る言動】
身体的な攻撃、精神的な攻撃(脅迫、侮辱、暴言、人格否定)、威圧的な言動(大声で怒鳴る、机を叩く)、土下座の要求、継続的・執拗な言動、拘束的な行動(長時間の電話、居座り)、担当者個人への攻撃、SNSでの誹謗中傷をちらつかせる行為など。
IT業界特有の判断が難しいケース
IT・システム開発では、以下のような判断が難しいケースがあります。
【言った言わない問題】
口頭での合意内容について認識の相違がある場合。メールや議事録などの客観資料の有無が決定的に重要となります。
【仕様変更か軽微な修正かの境界】
参考サイトの変更、カラーイメージの変更、レイアウトの大幅変更などは仕様変更に該当し、追加費用が発生する可能性が高いです。
【追加要望の取り扱い】
開発途中で発注者から出される要望が、当初の契約範囲内なのか、仕様変更・機能追加なのかを見極める必要があります。判断に迷う場合は、書面で確認を取ることが重要です。
4. カスタマーハラスメントに対する具体的な対策のガイドラインの作り方
事前対策——契約段階でのリスク回避
カスハラを予防する最も効果的な方法は、契約段階でのリスク回避です。
【詳細な要件定義書の作成】
参考サイト、ページ数、機能一覧、デザインの方向性、対応ブラウザ、納期、修正対応の範囲・回数など、可能な限り具体的に記載します。「この定義内容で発注内容はご確定となります。要件定義の内容を変更する場合は追加発注になり追加料金が発生します」という文言を明記することが重要です。
【責任制限条項の挿入】
契約書には必ず「間接損害および逸失利益に関する免責条項」を入れましょう。また、「損害賠償額の上限条項」として「本契約に関連する乙の損害賠償責任は、理由の如何を問わず、甲が乙に支払った本件業務の対価の総額を上限とする」といった条項も有効です。
【口頭合意の書面化】
打ち合わせ内容は必ず議事録にまとめ、メールで送付して確認を取ります。「本メールの内容にご異議がない場合は、○日までにご返信ください」という形で、黙示の承諾を得る方法も有効です。
発生時対応——4ステップの対応プロセス
カスハラが発生した場合は、「聴取→調査→判定→回答」の4ステップで対応します。
【ステップ1:聴取】
顧客の主張を正確に把握します。「具体的にどの点がイメージと違いますか」といった質問で、抽象的な不満を具体化します。
【ステップ2:調査】
要件定義書、契約書、メール、議事録などの客観資料を精査し、顧客の主張と照らし合わせます。
【ステップ3:判定】
調査結果に基づき、会社として対応すべき範囲を決定します。現場担当者だけで判断せず、必ず判断権者の確認を経ることが重要です。
【ステップ4:回答】
判定結果に基づき回答します。不当な要求に屈することなく、毅然とした姿勢で対応することが重要です。
具体的な対応フレーズ例
【仕様外の要求に対して】
「ご要望は承りました。確認させていただきますと、本件は要件定義書の範囲外となりますので、追加のお見積りが必要となります」
【抽象的な修正要求に対して】
「『イメージと違う』とのことですが、具体的にどの部分をどのように変更すればよろしいでしょうか」
【威圧的な言動に対して】
「恐れ入りますが、そのようなお言葉での対応は困難です。冷静にお話しいただけますでしょうか」
【損害賠償請求に対して】
「ご請求の内容について、弊社顧問弁護士と協議の上、改めてご回答させていただきます」
社内体制の整備
カスハラ対応を属人化させないために、以下の体制整備が必要です。
【対応方針の明文化】
カスハラに該当する行為、対応手順、エスカレーション基準を文書化し、全社員に周知します。
【相談窓口の設置】
カスハラを受けた従業員が相談できる窓口を設置し、匿名での報告も可能にします。
【対応記録の保管】
カスハラの内容、対応経緯、解決内容を記録し、社内で共有します。
【顧問弁護士との連携体制】
法的判断が必要なケースや、訴訟リスクがあるケースでは、早期に弁護士に相談できる体制を整えておきます。
5. IT企業におけるカスハラ問題でお悩みの方はリブラ法律事務所まで
IT・システム開発業界のカスハラ問題は、契約内容の不明確さ、専門知識の非対称性、高額な損害賠償リスクといった特有の難しさを抱えています。
2025年の法改正により、カスハラ防止措置が企業の義務となった今、顧客の言いなりになる時代は終わりました。従業員を守りながら、適切にNOと言える体制づくりが求められています。
リブラ法律事務所では、大分県内のIT企業・システム開発会社の皆様に向けて、以下のサポートを提供しています。
【カスハラ対策の契約書作成・レビュー】
責任制限条項、仕様変更条項、解約条項など、IT業界特有のリスクに対応した契約書の作成・チェックを行います。
【カスハラ発生時の法的対応】
顧客との交渉代理、損害賠償請求への対応、訴訟対応など、トラブル発生時の法的サポートを提供します。
【社内ガイドライン策定支援】
カスハラ対応マニュアルの作成、従業員向け研修の実施など、予防体制の構築を支援します。
当事務所は大分県に根差し、地域の中小IT企業の実情を熟知しています。大手法律事務所のような敷居の高さはなく、「こんなことで相談してもいいのだろうか」という小さな疑問からお気軽にご相談いただけます。
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リブラ法律事務所
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Last Updated on 3月 8, 2026 by kigyo-lybralaw
事務所に所属する弁護士は、地元大分県で豊富な経験で様々な案件に取り組んでいたプロフェッショナルです。ノウハウを最大限に活かし、地域の企業から、起業・会社設立段階でのスタートアップ企業、中堅企業まであらゆる方に対して、総合的なコンサルティングサービスを提供致します。弁護士は敷居が高い、と思われがちですが、決してそのようなことはありません。私たちは常に「人間同士のつながり」を大切に、仕事をさせて頂きます。個人の方もお気軽にご相談下さい。 |




