
0 はじめに
東京都(産業労働局)は「カスタマーハラスメント防止策に関するマニュアル(ひな形)」を公表しています。
とてもよくまとまった資料ですが、1万字以上であるため、私の方で少しまとめてみました。
カスハラ防止対策は必要だけど何から始めれば・・・、とお悩みの事業者の方に読んでいただきたいです。
なお、本原稿を読む暇もないという事業者の方はこちらから要点を確認してください。
1 カスタマーハラスメント(カスハラ)の基礎知識
このマニュアルでは、カスハラを「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの。」と定義しています。
顧客の正当なクレームや意見表明の区別を指向したものです。
カスハラの具体例は下記のとおりです。
暴行・傷害(身体的な攻撃)
殴る、蹴る、物を投げつけるなど。
脅迫・中傷・侮辱・名誉毀損・ひどい暴言(精神的な攻撃)
「殺すぞ」「訴えるぞ」などの脅し、人格否定、根拠のない誹謗中傷、大声での罵倒など。
威圧的な言動
机を叩く、長時間にわたり大声で怒鳴り続ける、従業員を取り囲むなど。
継続的・執拗な言動(過剰または不合理な要求)
合理的理由なく同じ要求を繰り返す、長時間拘束する、謝罪として土下座を強要する、金銭や不当な補償を要求するなど。
差別的な言動
性別、国籍、信条、社会的身分などを理由とした差別的発言
性的な言動
執拗な身体への接触、わいせつな発言、性的な要求など
プライバシー侵害行為
従業員の個人情報を執拗に聞き出す、SNSで誹謗中傷する、自宅や待ち伏せをする(ストーカー行為)など。
なお、顧客からのクレームが正当であっても、伝え方や手段が社会的に許容される範囲を超えればカスハラに該当し得ます。
覚えてください。
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2 カスハラがもたらす悪影響
従業員について:精神的苦痛(ストレス、うつ病、PTSD等)、身体的健康被害、モチベーション低下、離職。
事業者にとってダメージが大きいものばかりです。
事業者について
職場環境の悪化、生産性の低下、人材流出、企業イメージ・社会的信用の失墜、安全配慮義務違反による法的責任(損害賠償等)。
事業者は自社のレピュテーションを維持しなければなりません。
いずれも事業者にとっては脅威です。
このため、事業者はカスハラ防止対策をたてなければなりません。
3 カスハラ防止のための基本方針と体制整備
(1)事業主の基本方針の明確化と周知・啓発
トップが「わが社はカスハラを容認しない」という断固たる姿勢を示すことが必須です。
特に、従業員に対してその姿勢を明確に示すことはもっと大事で、これを示さないと従業員の行動指針となりません。
就業規則や社内規定等に、カスハラに関する方針、定義、禁止行為、対応、処分等を明記する、それだけではなく、カスハラ防止ポスターを事業所に掲示する、社内イントラネットやウェブサイトに掲載する、定期的に研修すること等を通じて、従業員への周知を徹底しましょう。
そのことは顧客や取引先への方針を周知することにもつながります(例文はこちらから)。
(2)相談(苦情)に対応するための体制整備
下記の手順に依拠して体制整備をお願いします。
1.相談窓口の設置
従業員が安心して相談できる窓口を設置し、その存在を周知する(人事部、コンプライアンス部門、外部委託等)。
2.相談担当者の選任と育成
担当者はカスハラに関する知識を持ち、プライバシー保護、秘密厳守を徹底し、相談しやすい雰囲気を作る。
3.対応プロセスの確立
相談受付から事実確認、対応策の検討、実施、フォローアップまでの一連の流れを明確にする。
4.関係部署との連携
人事、法務、現場部門、産業医等が連携して対応できる体制を構築する。
(3)カスハラへの対処に必要な知識・対応能力向上のための研修の実施
研修の方法は以下が考えられます。
1.全従業員向け研修
カスハラの定義、具体例、企業方針、相談窓口、基本的な心構え等を周知する。
2.管理職向け研修
部下からの相談対応、事実確認の方法、二次被害防止、再発防止策、リーダーシップの重要性等を教育
する。
3.相談担当者・対応担当者向け研修
より専門的な知識、傾聴スキル、具体的な対応シミュレーション、関連法規等を学ぶ。
4.ロールプレイング等
実践的なスキルを身につける訓練を取り入れる。
4 カスハラを予防するための対策
(1)コミュニケーションの改善
①顧客等に対して誠実な対応を心がける(初期対応の重要性)。
②誤解を招かないよう、分かりやすい説明や情報提供を行う。
③サービス内容や対応可能な範囲、ルール等を事前に明確に提示する。
(2)従業員の対応能力向上
①研修等を通じて、冷静な対応、傾聴スキル、適切な断り方、エスカレーション(上司や他部署への引き継ぎ)のタイミング等を習得させる。
②ストレスマネジメントやセルフケアに関する情報提供や研修を行う。
(3)物理的な安全確保
①防犯カメラの設置、非常ボタンの設置、カウンターの高さ調整、避難経路の確保など、物理的な対策を講じる。
②必要に応じて警備員を配置する。
(4)組織的な備え
①カスハラ発生時の対応マニュアルを作成し、周知徹底する。
②複数名で対応する原則(一人で抱え込まない体制)を確立する。
③悪質なケースに備え、警察や弁護士等、外部専門機関との連携体制を構築しておく。
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5 カスハラ発生時の対応
(1)初期対応(現場での対応)
①冷静な対応
感情的にならず、落ち着いて相手の話を聞く姿勢を示す(ただし、相手の不当な要求に安易に同調しない)。
②安全確保の優先
従業員自身の安全を最優先する。身の危険を感じる場合は、速やかにその場を離れ、安全な場所に避難する。
③複数名での対応
原則として一人で対応せず、上司や同僚等に応援を求め、複数で対応する。
④事実確認と記録
いつ、どこで、誰が、何を、どのように、といった具体的な状況を客観的に記録する(メモ、録音・録画等も検討)。
⑤要求内容の確認
相手の要求内容を正確に把握するよう努める。
⑥不当な要求への対応
社会通念上不相当な要求や、企業のルールを超える要求に対しては、毅然とした態度で、丁寧かつ明確に断る。対応できない理由を説明する。
⑦長時間拘束等の回避
対応が長引く場合は、時間を区切る、後日改めて 対応する等の提案を行う。
⑧暴力・脅迫等への対応
暴力行為や明白な脅迫があった場合は、即座に対応を中止し、ためらわずに警察(110番)に通報する。
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(2)組織的な対応(事後の対応)
①報告と情報共有
発生状況、対応内容等を速やかに上司および指定された相談窓口・担当部署に報告する。関係部署間で情報を共有する。
②事実関係の調査
報告に基づき、相談窓口や担当部署が客観的な事実関係を調査する(当事者、目撃者からのヒアリング、記録の確認等)。
③対応方針の決定
調査結果に基づき、企業としての方針(顧客等への対応、従業員へのケア、再発防止策等)を決定する。必要に応じて弁護士等の専門家に相談する。
④顧客等への対応
要求が正当な範囲であれば、誠意をもって対応する。カスハラと判断される行為に対しては、企業として容認しない旨を伝え、行為の中止を求める。
悪質な場合は、警告、取引停止、法的措置(警察への被害届提出、損害賠償請求等)を検討・実施する。
⑤被害従業員への配慮とケア
精神的なサポート(面談、産業医やカウンセラーによるケア、必要に応じた休暇の付与等)。
担当替え等の配慮。
対応プロセスや結果について、本人に丁寧に説明する。
従業員に不利益な取り扱い(非難、評価の引き下げ等)を行わない。
⑥再発防止策の検討と実施
今回の事案を分析し、マニュアルの見直し、研修内容の改善、物理的な環境整備、業務プロセスの変更等、具体的な再発防止策を検討し、実施する。
6 プライバシーの保護と秘密保持
カスハラ対応は不快さを伴うことがあり、つい、そのことを第三者に話したりSNSに投稿したりしがちです。
しかし、カスハラを行う側の個人情報をぞんざいに扱ってもよい、というわけではありません。
そのため、以下の取扱いをなすべきでしょう。
①カスハラの相談・対応は、関係者のプライバシー保護を徹底する。
②知り得た個人情報や相談内容は、正当な理由なく第三者に漏洩しない。
③情報共有は必要最小限の範囲にとどめ、関係者以外に情報が漏れないよう厳重に管理する。
7 まとめ
いかがでしょうか。
カスハラ対策は、一度行ったら終わりではなく、社会情勢の変化や自社の状況に合わせて、継続的に見直し、改善していくことが重要です。
そのことが、従業員が安心して相談・報告できる、風通しの良い職場風土を醸成することにつながり、従業員も自信をもってカスハラ対応に臨めます。
そのような好循環が職場の雰囲気づくりに役立ち、ひいては顧客獲得・維持につなが
ります。
事業主、管理職、従業員が一丸となってカスハラ防止に取り組む意識を持つことが求められます。
もっとも、言うは易しで、事業主が今まで述べたような体制を構築する事は簡単ではありません。
事業を遂行しながらの体制整備は、どちらかが疎かになることも考えられます。
そんな時、弁護士が定期的に職場を訪れて事業主や従業員の皆様とヒヤリングを行い、協議やロールプレイを重ねることで、着実に社内体制を構築することが可能となります。
カスハラ対策のために、専門家である弁護士を活用することをご検討いただければ幸いです。
お気軽にご相談下さい。
なお、本原稿は、東京都が提供する「カスタマーハラスメント防止対策に関するマニュアル(ひな形)」を私が要約したものです。
もし、もっと詳しく知りたい、といことであれば、東京都のウェブサイト等で公開されている最新の公式マニュアル(ひな形)本文をご参照ください。
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(文例) 従業員向けカスハラ対応宣言 カスタマーハラスメントのない、安全で健全な職場を目指して 株式会社〇〇(会社名) 代表取締役社長 〇〇 〇〇 私たち株式会社〇〇は、従業員の皆様が互いに尊重し合い、安全で、尊厳を持って安心して働くことができる職場環境を構築し、維持することを経営の最重要課題の一つとして位置づけています。 近年、お客様や関係者からのクレームやご要望の中には、残念ながら、その内容や手段・態様が社会通念を逸脱し、従業員の心身の安全を脅かすような「カスタマーハラスメント(カスハラ)」に該当するケースが散見されるようになりました。 暴言、脅迫、威圧的な言動、執拗な要求、差別的・性的な言動、プライバシーの侵害といった行為は、受けた従業員の尊厳を深く傷つけ、心身に多大な苦痛を与えるものです。これは、従業員の就業意欲を削ぎ、職場全体の雰囲気を悪化させ、ひいては当社が提供するサービスの質をも低下させかねない、決して看過できない問題です。 当社は、いかなる理由があっても、従業員の尊厳と安全を脅かすカスタマーハラスメントを決して容認しません。 当社にとって、従業員の皆様は最も大切な財産であり、1人ひとりが安心 して、その能力を最大限に発揮できる環境を守ることは、会社の当然の責務です。私たちは、カスハラに対して組織として毅然とした姿勢で臨み、皆さんを不当な迷惑行為から全力で守ることを、ここに改めて宣言いたします。 のために、以下の取り組みを推進します。 1 予防策の徹底:カスハラに関する社内規程を明確にし、全従業員への周知と研修を通じて、カスハラに対する正しい知識と意識の向上を図ります。 2 発生時の適切な対応:カスハラが発生した場合の対応手順を明確にし、一人で抱え込ませることなく、組織として迅速かつ適切に対応できる体制を整備します。必要に応じて、警察や弁護士等の外部専門機関とも連携します。 3 被害従業員の保護とケア:カスハラの被害に遭った従業員に対しては、 その心情に寄り添い、プライバシーに配慮しながら、精神的なケアを含め た万全のサポートを提供します。相談・報告によって不利益な扱いを受け ることは決してありません。 万が一、皆様がカスハラと思われる行為を受けた場合、あるいは同僚が受けているのを見聞きした場合は、1人で悩まず、ためらうことなく上司または社内の相談窓口に報告・相談してください。会社が責任をもって対応します。 私たち経営陣は、従業員の皆様と共に、カスタマーハラスメントのない、誰もが尊重され、誇りを持って働くことのできる企業文化を築き上げていく決意です。皆様のご理解とご協力を心よりお願い申し上げます。 |
【例文のポイント】
上記の文書を真似る必要はありません。ただし、自社で作成される際は下記のポイントを守ってください。
1 経営トップからの明確な意思表示が必要です。
2 従業員の尊重と保護を明言します。
従業員が会社の財産であり、守るべき対象だからです。
3 カスハラの定義と非許容を宣言します。
どのような行為が許されないかを具体例を挙げつつ示し、断固として容認しない姿勢を明確にします。
4 具体的な取り組みの提示
予防、発生時対応、事後ケアという具体的な対策に言及し、従業員に安心感を与えます。
5 相談・報告の奨励と不利益取扱いの禁止
従業員が安心して声を上げられる環境を作ることを約束して下さい。
6 共創の呼びかけ
経営陣だけでなく、全従業員で取り組む課題であることを示して下さい。
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Last Updated on 4月 15, 2025 by kigyo-lybralaw
事務所に所属する弁護士は、地元大分県で豊富な経験で様々な案件に取り組んでいたプロフェッショナルです。ノウハウを最大限に活かし、地域の企業から、起業・会社設立段階でのスタートアップ企業、中堅企業まであらゆる方に対して、総合的なコンサルティングサービスを提供致します。弁護士は敷居が高い、と思われがちですが、決してそのようなことはありません。私たちは常に「人間同士のつながり」を大切に、仕事をさせて頂きます。個人の方もお気軽にご相談下さい。 |