介護業界におけるカスタマーハラスメント(カスハラ)対策とは

0.はじめに

百貨店である高島屋グループは、最近、カスタマーハラスメントに対する基本方針を発表いたしました。高島屋グループの社員は、会社が方針を示してくれたので、自信をもってカスハラに取り組めます。素晴らしいですね。もっとも、介護業界には特有のカスタマーハラスメントが存在し、実態に沿った方針を立てる必要があります。以下では、具体例と対策をお話します。

1. カスタマーハラスメントの概要

カスハラとは何か

①カスタマーハラスメントの定義と特徴

カスハラ(カスタマーハラスメント)とは、顧客からのクレーム・言動のうち,当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして,当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって,当該手段・態様により,労働者の就業環境が害されるものを指すとされています。

② 介護業界に特有のカスハラの事例

カスハラの具体的な内容としては、大きな怒鳴り声をあげ、侮辱的発言をするような「暴言」、従業員に危害を加えたり、予告して怖がらせる「威嚇・脅迫」、現場に行くたびに待ち伏せされたり、毎回同じ内容のクレームを5時間ほど言われたり、そのようなことが1か月続くような「執拗なクレーム」など、直接的なものもあれば、威張り、権威を示して要求を通そうとする「権威を用いた言動」、従業員に長時間クレーム対応を強いるもので業務に支障がでる「長時間拘束」、金品の要求、暴力行為、SNSでの誹謗中傷等もカスハラに含まれるとされています。

③ 介護現場でのカスハラの現状

厚生労働省が公開している「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」によると、近年、介護現場では、利用者や家族等による介護職員への身体的暴力や精神的暴力、セクシュアルハラスメントなどが少なからず発生していることが明らかとなっているようです。

具体的には、施設・事業所に勤務する職員のうち、利用者や家族等から、身体的暴力や精神的暴力、セクシュアルハラスメントなどのハラスメントを受けた経験のある職員は、サービス種別により違いはあるものの、利用者からでは4~7割、家族等からでは1~3割になっています。また、利用者からのハラスメントを受けたことのある職員は、2割~6割程度となっており、いずれのサービス種別においても、ハラスメントを受けている実態がうかがえます。

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2. 介護現場でのカスハラの実態

介護業界におけるカスハラの現状

①調査結果

日経新聞の記事によると、全国の介護職員らで作る労働組合が2018年6月に公表したアンケートでは、利用者やその家族から、パワハラやセクハラを受けている職員が7割にのぼったという驚きの結果が出ました。特に「訪問介護」は、身体的にも精神的にも相手との距離が近くなりやすく、被害が多いと言われています。

②介護施設での具体的なカスハラ事例

大別すると、以下の2つに分けられます。

・利用者による精神的暴力

事例1:特定の職員が、利用者から暴言、嫌がらせを受けた

・利用者家族による精神的暴力

事例1:利用者家族が、施設訪問時に、職員に罵詈雑言を浴びせる。

事例2:利用者家族が、利用者への特別扱いを求め、これを断ると何時間も怒鳴り散らして帰らない。なお、介護現場でのハラスメント事例については、厚生労働省が事例集を紹介しています。併せてご覧下さい。

厚生労働省 介護現場におけるハラスメント事例集

職員の声と影響

①カスハラを受けた職員の体験談

介護職員がカスハラを受けた際の悲痛な声はこちらです。2008年の声ですが、現在でも職場環境はさほど変わらないといえます。

②心理的・身体的な影響

介護職員が、利用者や利用者家族のカスハラを我慢し続けると、心理的・身体的に疲弊し、退職を意識することは勿論、心身に具体的な障害が発生し、退職後の就労に支障を来たすこともあります。

③介護施設への影響

介護施設運営者が、利用者や利用者家族の介護職員に対するカスハラに対する対策を適切に講じないと、介護職員の離職率が高まります。また、職員を新たに補充すればよいというものではなく、職員が変わったことで施設のサービス提供状況も変化し、場合によっては提供するサービスの質が低下し

利用者の減少⇒利益の減少⇒雇用制限⇒更なる職員の離反

といった悪循環が生じることも十分考えられます。

また、介護施設運営者は、職員からの損害賠償請求も考慮しなければなりません。すなわち、職員を雇用する介護施設運営者には、雇用契約上、職員が安全かつ健康に労働するための環境を整える義務があります。法的には「安全配慮義務」といい、カスハラに適切な措置を講じなかったことから、係る義務に違反したとして損害賠償金の支払いを余儀なくされることもあります。つまり、介護施設の運営者は、たとえ1人の利用者が行うカスハラであっても漠然と放置せず、適切に対処することが求められます。

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3. 法的保護と対策

法的な対策と保護

①利用者や利用者家族からなされるカスハラ行為が悪質である場合には、以下の犯罪が成立することもあります。その場合は警察に連絡することも可能であるため、利用者やその家族のカスハラ行為を受容する必要はありません。

・暴行罪(刑法208条)

・傷害罪(刑法204条)

・脅迫罪(刑法222条)

・強要罪(刑法223条)

・監禁罪(刑法220条)

・業務妨害罪(刑法234条)

・不退去罪(刑法130条)

・不同意わいせつ罪(刑法176条)

また、介護サービスの利用契約に、利用者や利用者家族からカスハラ行為がなされた場合に係る利用契約を解除する、との契約条項があれば、当該契約を解除することが可能です。例えば、東京地方裁判所で令和3年7月8日に宣告された裁判例では、利用者家族(被告、利用者は母)が介護施設職員に対してなした下記行為に基づいて介護施設運営者が利用者との利用契約を解除した事例について、利用契約の解除を認めています。

 <利用者側からなされた言動>

「馬鹿野郎」、「お前なんか辞めちまえ」

「○○なのに、何の提案もできないナースは辞めろ、いる意味がない」 「あんなくそナース、辞めちまえ」

「あんなのクビだろ」

「俺が指示しなきゃなんの提案もできない施設か」

「医師の指示、医師の指示って、何もしねえ○○かよ」

労務問題/契約書/クレーム対応/債権回収/不動産トラブル/広告表示/運送業・建設業・製造業・不動産業・飲食業・医療業・士業の業種別トラブル等の企業の法務トラブルは使用者側に特化した大分の弁護士にご相談ください

「何が忙しいだよ、ほんと酷い施設だな」

「看護職員より免許を奪う方法はあるのか」

ホーム長を「エンドウ豆、チビ」 その他の職員を「デブ」や「ハゲ」などと人格否定や侮辱等の意味合いを持つ呼び方をしていたこと

②介護職員が利用できる法的手段

上記のとおり、介護職員個人を被害者として、被害届を提出することが可能です。また、介護職員としてそこまではしたくないが、特定の利用者や利用者家族とは対応したくない、ということであれば、介護施設運営者に担当替えや配置転換、あるいは、複数人による対応を求めることも可能です。上記のとおり、介護施設運営者は職員に対して職場の安全配慮義務を負担していますので、職場に配慮を求めることは可能です(運営者側が申し出どおりの対応をしてくれるとは限りませんが、職場として問題を受け止めて欲しいという意思表明は必要です)。

介護施設の対応策

①カスハラ予防策と対応策

まず、カスハラ対応の仕組みを構築することです。

例えば

担当者が十分に対応⇒収まらないなら責任者が対応⇒理不尽な要求を断る

といった業務フローの構築です。この辺りは、介護施設の具体的情況(利用者の属性、介護職員の数、施設の数、責任者の数)に応じて異なる仕組みを構築することが必要です。次に、介護施設としてのマニュアルを策定することです。当該施設で、過去、どのようなカスハラ行為があったか、また、その時にどう対応したかについて、成功例や失敗例を交えて、具体的な言葉遣いを服務対処方法についてマニュアルを作成し、施設内での研修で活用することが大事です。介護施設運営者としてマニュアルを作成していく過程で、介護職員に知識が共有され、浸透していくことで、マニュアルどおりに対応でき、そのことが職員のストレスを減らすこととなります。するというのも重要なポイントです。また、介護施設運営者が複数の施設を有する場合は、効率的に利用者やその家族に関する情報を共有することが必要です。職員1人に抱え込ませることなく職員間で共有することで、カスハラにつながりかねいない不当要求、迷惑行為を迅速に発見することが可能となります。更に、悪質なカスハラについては、上記のとおり、脅迫罪、強要罪、威力業務妨害罪、不退去罪、暴行罪といった犯罪となる可能性があります。このため、介護施設が、直ちにその場で警察に通報することが考えられます。加えて、介護職員が真摯に対応しても対応困難な状態に至った利用者や利用者家族に対しては、弁護士が対応することも可能です。なお、利用者や利用者家族のカスタマーハラスメントにより、事業所が法的措置をとる場合に必要となるのは証拠です。そこで、カスハラやその疑いのある相手に対応する場合には、録音や録画をして下さい(録音や録画をする際、相手方から許可をもらう必要はありません)。

②施設内ポリシーの設定

介護施設運営者の長は、職員に向けて、当該施設ではカスハラに適切に対処することを示すことが重要です。例えば下記事項を長の言葉で伝えます。

・根拠のない悪質クレームには断固対応する方針であること

・顧客満足とカスハラに断固対処することは両立すること

・悪質クレームに毅然と対応できた場合は職員評価としてプラスにすること

・悪質クレームに対応する社内態勢を構築すること

介護施設運営者の長がポリシーを明確に、繰り返し伝えることで、職員も、パワハラ行為をなす利用者や利用者家族への接し方を変えることができます。

4. 介護業界におけるカスハラの実践的な対応策

介護職員向けの対応方法

①カスハラに対する具体的な対応方法

まず、対面によるカスハラの場合は、複数人による対応です。カスタマーハラスメントが疑われる場合には、2人以上で、相手の人数以上の職員で対応をすることを心がけて下さい。このように対応することで、職員にとってストレスの分散になる他、相手方の言動を記録する人、対応する人というように役割分担をすることも可能となります。サービス提供中のカスハラの場合に「これ以上続けるようであればサービス提供ができない」と告げた上、それでもカスハラ行為が続く場合は「一旦サービス提供を中止させていただきます」と告げ、実際にサービスを中断しましょう。その上で、上司に報告して改めての方策を練るようにしましょう。次に、電話によるカスハラの場合は、電話対応の内容を決めておくのが重要です。例えば以下のように。

・名前と用件を尋ねる

・適切な用件に対しては明確に対応し、説明をする

・名乗らなかったり、用件を言わなかったり、同じことを繰り返し尋ねて きた場合には「用件をお話しいただけなければこれ以上対応できない」と伝える「以前にご説明をいたしましたので、他に要件はないようでしたらお電話を切らせていただきます」と伝え、実際に電話を切るこの場合、相手の電話番号は登録し、事業所全体に周知をした上で、電話がかかってきた場合は録音しましょう。また、メールやSNSを使用したカスハラの場合、職員が返信をする際は、必ず、管理者や直属の上司等、複数の職員を「CC」「BCC」に入れてやり取りするようにしましょう(BCCの場合は、メール受信者が、自分の他に誰に送信されたのかが分かりませんので、ターゲットが拡散しません)。カスハラが疑われる相手への返信の際には、言葉遣いには気を付けましょう。なお、LINEやチャットアプリの場合は、送信取消し等により証拠の隠滅が図られる可能性がありますので、トーク履歴を保存し、あるいはスクリーンショットをとるなどして保存するようにしましょう。

②相談窓口やサポート機関の活用方法

介護現場でカスタマーハラスメントが発生した場合、相談可能な窓口は下記です。

・総合労働相談コーナー

 厚生労働省が設置する労働関連の相談窓口です。アクセスはこちらから。

・みんなの人権110番(0570-003-110)

 法務局職員や人権擁護委員が対応しています。アクセスはこちらから。

・警察相談専用電話(#9110)

 警察安全相談員などの職員が対応しています。概要はこちらから。

施設管理者のための対策

①職員教育とトレーニングプログラム

介護職員は、最初にカスハラ対応を実施することになります。カスハラへの対応方法は、管理者等が知っているだけでは足りず、各職員が理解し、実践できる組織体制を構築する必要があります。介護施設運営者は、カスハラへの対処法について、定期的に、何度も、研修を実施するなどして、各職員の知識や理解度を合わせる必要があります。

②早期発見と介入のためのシステム

また、介護職員の中には、カスハラ事案を1人で抱え込んでしまうことや、現場の介護職員だけで対応してしまい、そのことが、当該職員のメンタル不調や離職につながってしまうことがあります。そのため、介護施設運営者は、介護職員が、気兼ねなくカスハラ事案を相談し、情報共有できる環境を作ることが重要です。具体的には、カスハラ事案は現にハラスメントを受けた職員の問題だけではなく施設全体の問題であることを周知する、相談窓口を設けて担当者を具体的に決める、相談窓口に具体的な相談がなくとも定期的な面談を行う、といった環境を、介護職員と協議しながら整えていく必要があります。なお、介護施設の人的・物的な観点から、施設内に職員の相談場所を設置することが困難な場合があります。そんなときは、顧問弁護士を雇って相談に応じてもらい、対処方法を検討するのも1つの選択肢です。

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5. 結論と今後の展望

カスハラ対策の重要性

①健全な職場環境の確立

これまでご覧いただいたとおり、介護施設でのカスハラを放置すると、職員の離職や職員からの損害賠償請求などのリスクがあり、また、利用者離れが生じたりするため、カスハラが発生しづらい環境の整備(ポリシーを施設に貼り出すなど)や、カスハラが発生した場合でも早い段階から適切に対処する体制を整備しておくことが大切です。そのことが、介護職員の安心感を醸成し、離職防止に繋がります。

②介護サービスの質向上への影響

のみならず、介護職員が安心して仕事に打ち込めることで、介護サービスの質が向上し、施設の評判が上がって利用者が増加し、安定的な経営基盤構築に資することとなります。好循環です。

今後の展望

日本では、現在、カスハラに特化した法律が存在しません。カスハラについて法制度化の動きはあり、2024年5月に自民党内に置かれた雇用問題調査会カスタマーハラスメント対策PTでは、以下の内容を盛り込んだ提言を公表しました。

(1)カスタマーハラスメントに該当すると考えられる一定の範囲の明確化

(2)法整備などを念頭に置いた労働者保護対策の強化

(3)業界団体などを通じた取組みに対する政府の支援強化

(4)消費者の権利と責任の正しい理解を促進するための消費者教育の強化

2024年6月に政府が取りまとめた「経済財政運営と改革の基本方針2024」(骨太の方針2024)では「カスタマーハラスメントを含む職場におけるハラスメントについて、法的措置も視野に入れ、対策を強化する」と明記されました。こうした動きを踏まえて、厚生労働省において法令改正に向けた検討が見込まれています。また、自治体でも、東京都では、カスハラ条例制定に向けて、2023年度に「カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会」を設置しました。「カスタマーハラスメント」という言葉を広め、その防止の理念や責務を定める「理念型」の条例として、都議会への条例案提出を目指しているようで、制定されれば、全国で初めての「カスハラ防止条例」となります。このほか三重県でも、2025年度の条例制定に向けて、また愛知県でも条例制定を視野に入れた協議会を設置するなどの動きが出ています。また、厚生労働省も、その作成する報告書等に「カスタマーハラスメント」という言葉を用いたりして、他のハラスメント(セクハラ、パワハラ)と同様、社会としてなくしていくべきものとしての認知度が高まっています。このため、介護職員は、カスハラは許されない行為として声をあげることに躊躇がなくなりつつあります。よい傾向です。今後は、カスハラに該当する行為をより明確にする等して、社会全体で、更に「利用者からカスハラを受けても遠慮することはない」という意識の醸成が必要でしょう。

Last Updated on 8月 16, 2024 by kigyo-lybralaw

この記事の執筆者
弁護士法人リブラ総合法律事務所

事務所に所属する弁護士は、地元大分県で豊富な経験で様々な案件に取り組んでいたプロフェッショナルです。ノウハウを最大限に活かし、地域の企業から、起業・会社設立段階でのスタートアップ企業、中堅企業まであらゆる方に対して、総合的なコンサルティングサービスを提供致します。弁護士は敷居が高い、と思われがちですが、決してそのようなことはありません。私たちは常に「人間同士のつながり」を大切に、仕事をさせて頂きます。個人の方もお気軽にご相談下さい。

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